菱田春草の朦朧に酔う
竹橋の東京国立近代美術館で11月3日まで開催の「菱田春草展」を見た。釜山から帰って溜まっていた仕事をこなすのに飽きたところで、違う刺激が欲しくなった。そういう時に、日本画は一番効く。
去年の同時期に同じ美術館で開かれた「竹内栖鳳展」に続いて、再び明治の日本画の巨匠なので、心が躍る。昭和まで生きた10年上の竹内とは違い、菱田は36歳で若くして亡くなっているので、生きていた時代がすべて明治に当たる。
短い生涯なので竹内に比べると画風の変容は少ないが、それでも、初期から「朦朧体」、そして欧米旅行後の装飾的な画風など、十分に堪能した。
菩薩などの仏教関係や中国の故事の人物を描いたものよりも、風景や動物を描いたものの方が、個人的にはおもしろかった。晩年の《落葉》のシリーズなど、リアルでありながら象徴的な画面に夢心地になってくる。永青文庫所蔵作の、本当に小さな二羽の小鳥の存在感。
鹿が出てくる絵もよかった。飯田市美術館所蔵の《鹿》(1903)は、水の中に立ちすくむ鹿を描く。それを金や銀を微かに交えたような朦朧とした夕暮れが取り囲む。あるいは豊田市美術館蔵の《鹿》(09)は、抽象的な木々の中に鹿が朦朧とした体を横たえる。思わず「鹿の気持ち」になった。
猫は竹内栖鳳の方がおもしろい。菱田の猫は、ある種抽象化されて、風景の中で黒や白の強い磁力を作る。猫よりも絵全体を楽しむ感じか。猫と言えば、ポスターにも使われている永青文庫所蔵の《黒い猫》は、15日からの展示で見られなかった。
掲示によると、100点を越す展示作品のうち、昨日までの前期のみの展示と15日からの後期のみの展示がそれぞれ15点ほどあった。もう一度行くべきかどうか。
全体として、禁欲的で構図や色彩を考え抜いてある種の抽象に達した画面が印象に残る。もっと長生きしていたら、だんだん自由闊達な画風も出てきたのではないかと考えると、今さらながら惜しい。この秋最高の展覧会かもしれない。
外に出たら12月から「高松次郎展」が始まる掲示があって、さらに嬉しくなった。偉いぞ、東近美!
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