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2014年11月23日 (日)

たった1人の高倉健映画祭

高倉健が亡くなってからの訃報報道が、あまりに紋切型で嫌になった。「寡黙」「不器用」「愚直」「想い」「男の優しさ」「男の美学」。要するにおしゃべりで目立ちたがり屋の私とは正反対ではないか。

そんなことを考えながら、最近はようやく時間に余裕ができたので、彼が主演した映画を何本かDVDで見た。一番驚いたのは『新幹線大爆破』。1975年の佐藤純弥監督作品だが、実は1984年に最初にパリに行った時に、フランス人におもしろいと言われてパリで見て以来。

新幹線ひかり190号に、80キロより減速すると爆発するという爆弾が仕掛けられた。映画は犯人グループと新幹線司令部や警察とのやり取りをサスペンスたっぷりに描く。2時間32分もあるのに全く退屈しない。ほとんど5分おきに問題が発生して一つ一つ解決されてゆく。

音楽はチープだし、設定に無理もあるけれど、それも含めての娯楽大作と言えるだろう。おもしろいのは高倉健演じる犯人が元工場主で、自分の会社が潰れたことで社会に怨みを持っているということ。彼が沖縄出身の素直な若者と、全共闘くずれの男(山本圭)といわば「負け犬」軍団を組んで、国鉄や警察を相手に猛然と戦う。完全な悪役だ。

この映画は公開直前にできたこともあって全く当たらなかったが、フランスではヒットした。調べてみるとフランス版は高倉健たちのそうした「負け犬」的背景をカットして、単なるテロリストにして2時間ほどに短くしたらしい。それでは高度成長期の日本が作り出した矛盾への怒りが全く伝わらないが、フランスではそれでもいいのかもしれない。

「朝日新聞」で石飛記者が健さんに「『新幹線大爆破』みたいな格好いい悪役をまたやってください」と頼んだ話が載っていた。返事は「いいねえ。大衆が拍手してくれる悪役をやりたいんだ」

彼の映画で本当の悪役は、この映画くらいしかないのではないか。この映画の後に東映から出た後は『幸福の黄色いハンカチ』とか『鉄道員(ぽっぽや)』とかばかりだし。『日本任侠伝』や『昭和残侠伝』のシリーズも完全な悪役とは言い難い。そういえば、『飢餓海峡』(65)を久しぶりに見たら、高倉健は後半になって初めて出てきていた。

意気盛んな若い刑事役で「寡黙」でも「不器用」でもないが、この映画はどうしても三国連太郎と伴淳三郎や左幸子が目立ちすぎて、高倉健の影は薄い。これについては後日。

話は変わるが、今朝の「朝日」朝刊の社説下に私の東京国際映画祭批判が載った。映画祭が始まった翌日に送ったものだが、載るのに1カ月もかかった。今はフィルメックスの時期だから、いつの話という感じかな。

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