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2014年11月 1日 (土)

東京国際映画祭はやはりダメか:その(10)

昨日は受賞式とクロージングパーティに出た。昔は出席しても意味がないと思っていたが、これが意外とおもしろい。関係者の本音がポロリと出たりする。2年前の受賞式では、トップの依田巽氏が終わりの挨拶で、突然自分の引退と後継者の名前(椎名保氏)を発表した。

今回の受賞式は特に番狂わせはなかったが、印象に残ったのは、新設された国際交流基金特別賞のカンボジア映画『遺されたフィルム』を発表した時のこと。審査員の1人の佐藤忠男氏は、その映画がいかにすばらしいかをえんえんと述べる。ひょっとしてボケて受賞作の名前を言うのを忘れたのかとさえ思ったが、だいぶたってちゃんと出てきた。

さらにソト・クォリーカー監督の受賞スピーチが感動的だった。両親がポル・ポト支配下で、1年に半分しか太陽の射さないヨーロッパに行かずにカンボジアに残ったおかげでこの映画がある、といった話は胸を打った。彼女はこの賞は祖国カンボジアがもらったものだとも言った。映画を見ると、その発言の意味がよくわかる。

そのほか受賞結果については、報道の通り。グランプリと監督賞をダブル受賞した『神様なんかくそくらえ』は見ていないので何とも言えないが、『破裂するドリアンの河の記憶』が無冠なのは残念だった。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の監督ジェームス・ガンが審査委員長で、ハリウッドの大作を手掛けている監督やキャステング・ディレクターが審査員にいるので、無理はないか。

つまりは、我慢大会のようなアート映画中心のコンペ(中にはもちろん秀作もあった)の傾向と、ハリウッド中心の審査員の方向が全く逆で、結果として妙な受賞結果になった感じがする。コンペを選んだのは矢田部氏で、審査員は別の人間が決めたのかもしれないが、これでは国際映画祭の体をなしていない。

パーティでの関係者の発言もおもしろかった。「日本映画スプラッシュ」の審査員を務めたクリスチャン・ジューン氏は、「シネコンは映画祭に全く向かない」「かつての文化村を中心にした会場がずっと良かった」。

「カイエ・デュ・シネマ」誌のステファン・ド・メニルド氏は日本映画ばかり見たと言うが、「3日前にプレスが上映予約しないと見られない映画祭は世界のどこにもなく、極めて不便」「釜山のようにこの1年間の秀作をまとめた部門があるとありがたいのだが。この映画祭には必ずしも日本映画の傑作は集まっていないので」。

ある映画祭関係者は「古賀さんの特別招待部門をなくした方がいいという主張は、ある時期まではトップから支持されていたが、途中で雲散霧消した」。いやあ、これだからクロージングパーティはおもしろい。

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