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2014年11月28日 (金)

人間は弱い:その(3)

昨日は授業と大学院入試と某研究会で終わったので、書くことがない。そこで再び「人間は弱い」シリーズへ。前回の「大食い」に続き、今日は「早食い」の誘惑について書く。

「早食い」は「大食い」と違って、一般的には意識的な行為ではない。いつのまにか食べ終わっていた、というのが普通だろう。それが私の場合、極端に早い。だいたい、女性とレストランで食べると必ず苦情を言われる。盛り付けの美しさを楽しんだりその料理をめぐって会話を交わしたりせずに、出てきた途端に食べてしまうから。

だから実を言うと、フランス料理の3時間ディナーは苦手だ。料理と料理の間に時間が空きすぎる。話すことがたくさんある相手ならばいいが、そうでないともたない。もちろん料理をゆっくり食べて、料理自体を話題にすればいいのだが。

一番気楽なのは、頼んだものがすぐ出てくる居酒屋。別に作り置きでもかまわない。ちょっとした一品が2つ、3つ並ぶと安心する。すると酒も進み、落ち着いてくる。私の場合、最初が肝心。

夜でなくても、昼でも食べるのが早い。友人や同僚よりも、学生よりも早い。食事が自分の前に出てきたら、無言でガツガツ平らげる。一緒の相手が半分も食べ終わらないうちに、終わってしまって気まずい思いをする。

その理由は何なのか。前回『育ちが悪い」と書いたが、本当のことをいうと小さい頃はそれなりに裕福だった。父は大きな工場を経営しており、土日はよくゴルフをしていた。私は母や姉とよくゴルフ場に見に行った。母は本当のド田舎の出身だが、大きな農家だった。鶏や馬を飼っていた家だからそんなに「飢える」心配はなかったはずだが。

あえて言えば、両親ともに兄弟が多かった。ついでに言うと、前も書いたように私も姉が4人いる。だから早く食べないとなくなるような心配があったのだろうか。自分の中では競うように食べた記憶はないけれど。

明らかに良くなかったのは、新聞社に勤めたことだ。社員食堂では、食事はすぐに出てくる。カレーを取るとすぐに盛ってくれて、3分で食べ終わる。自分の席から離れてエレベーターに乗って社食に行って戻ってくるまで、だいたい10分。そんな社員がいくらでもいた。特にかつての記者には、早く食べる美学のようなものがあったと思う。

私のどこかに「飢餓感」のようなものがある気がする。先日『飢餓海峡』をDVDで見直して、自分のなかに三国連太郎演じる主人公の気質に通じるものを感じた。それにしても、やはりこれからはもっとゆっくり食べないと体に悪い。そう自分に言い聞かせるために、今日のブログを書いた。

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