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2014年11月14日 (金)

東京都現代美術館の退廃

木場の東京都現代美術館は、1995年にできてから最もよく行く美術館の1つだった。半分以上の展覧会は見ているし、自分で企画をやったことも2度ある(「ポンピドー・コレクション展」と「田中一光展」)。だけど、久しぶりに行ってみて、もう行くのは止めようかと思った。

見たのは、1月4日まで開催の「ミシェル・ゴンドリーの世界」展と「新たな系譜学を求めて」展。それに常設展示室の「コンタクツ」展。見終わって、「退廃」という文字が浮かんだ。

つまり、スノッブでカッコばかりつけているが、心に響くものが少ないという感じ。あるいは学芸員の思いつきレベルの気まぐれに付き合わされてしまった思い。

「ミシェル・ゴンドリーの世界」展は、果たして展覧会と言えるのだろうか。もともとミシェル・ゴンドリーという映画監督自体あまり評価してないけれど、これはないだろう。まず、3Fでは映画のセットが並んでいるだけ。カフェとか電車の中とかビデオ屋とか。そこで自由に映画を撮りましょうという、体験型の展覧会。

そもそも個人的に最近の体験型の展覧会は苦手だ。靴を脱いでください、と書かれているだけで帰りたくなる。この展覧会はグループに1人インストラクターが付くというが、1人で来た私のような中年おやじはどうなるのか。いくつかのセットを10分ほどで見るだけ。

映画を撮るのは今や誰にでもできる。でもほとんどはつまらない。問題はカメラやセットの有無ではないのだ、などとつぶやいていたら、1Fにも展示室があった。そこは最新作の『ムード・インディゴ』などをイメージしたミニチュアが並んでいた。はあ。

その意味では、「新たな系譜学を求めて」の方がまだマシだった。このタイトルが既にスノッブだが、「東京アートミーティング 第5回」だの「跳躍/痕跡/身体」だの、まあカッコつけた空虚な言葉が並んでいる。冒頭に野村萬斎のビデオが出てきて驚くが、彼はこの展覧会の「総合アドバイザー」らしい。

マティスのエッチングを1点だけ見せたり、吉原治良などの具体の作家を1点ずつ並べたり、何ともスノッブ。それでもダム・タイプの新作映像や、エルネスト・ネトの隠れ家のようなインスタレーション、チェルフィッシュの映像や金氏徹平のキッチュなオブジェなど、いくつかは楽しんだ。最後の野村萬斎の巨大映像には、本当にのけ反ったけれど。

「美術」らしいものを見たくて、常設展会場にも足を運んだが、こちらの「コンタクツ展」も気取った構成だった。「コンタクツ」とは、「アンソニー・カロ×安斎重男」といった具合に関係のない作家を、2人とか3人とか組み合わせて見せる。一言で言うと学芸員の思いつき大会。それでも「若林奮×榎倉康二」とか「ジョゼッペ・ペニーネ×福田尚代」とか「サム・フランシス×石田尚志」とかおもしろかった。もちろんそれは、単に個々の作品の質の高さがあったからだけど。

昔はここで、「中西夏之展」とか「河原温」展とか「草間弥生展」とか、本当に感動したけれど、もうその面影はない。

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