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2014年11月11日 (火)

「新聞の東京国際映画祭評」評

さて、「映画祭評論家」(?)としては、先週の半ばから後半にかけて出た新聞各紙の東京国際映画祭リポートを比較してみたい。驚いたのは各紙とも辛口なことだ。トップが変わって2年目で予算も増えたからだろうか。

一番手厳しいのは、「日経」の古賀編集委員(私の親戚ではありません!)。「映画祭としては物足りなさが残った。3作(受賞作を指す)はすでにベネチアやサンセバスチャンなど欧米の有力映画祭に選出され、受賞歴もある。東京映画祭の発見とは言い難い」

文章の真ん中ほどでこう切り出して、後半は批判と「ならば東京は欧州とも違う、アジアの文化軸を問うてはどうか」という提言。これが(上)で関原記者の(下)もあるから、一番手厚い。そもそもタイトルが「検証 東京国際映画祭2014」と挑発的。

次に厳しいのが、「朝日」の石飛編集委員。「今年のコンペはただ重苦しかったり、スタイリッシュだったりするだけで、物語を語る意志に欠けた映画が少なくなかった」。これは私がこのブログで書いている内容と近いが、影響したかな。さすがに「我慢大会」とは書いていないけど。

「読売」の大木・恩田両記者は、コンペ作品の質ではなく、ある意味で本質的な問題を突く。「誰のため、何のための映画祭か」「映画祭には華やかな仕掛けも必要だが、映画を見る喜びを分かち合う場、という基本が揺らいではいけない」。確かにそうだが、いささか抽象的か。

「毎日」の勝田記者は「(コンペには)「力不足を感じさせる作品もあり、選考の難しさをうかがわせたものの、それぞれに作り手の意欲はあふれていた。現代世界の“息遣い”がうかがえたことからも、東京も確実に力をつけているように感じられた」とソフト。しかし彼も「力作が目立ち、ほとんどが東京初披露」と「アジアの未来」部門を絶賛して、それとなくコンペを批判。

勝田記者は東京で初披露の『破裂するドリアン河の記憶』が受賞できたら東京発となったのにと惜しむ。これは「日経」の古賀編集委員も「朝日」の石飛記者も同じ。私もコンペでこの作品が一番好きだっただけに、同感。審査委員長を始めとして、ハリウッドから3人も入れた審査員にはわからないとは誰も書いていないが。

そのことも含めて、先週金曜にアップされたWEBRONZAには、新聞が書きにくいことも書いたので、ご一読を。また「朝日」に勝手に投稿した原稿が、今週末に載りそうなので(大丈夫かな)、出たらよろしく。

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