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2014年11月15日 (土)

また『さらば、愛の言葉よ』を見た

既に釜山で見ていたが、1月公開のゴダールの新作『さらば、愛の言葉よ』を再び見に行った。日本語字幕で見たら、もっとわかるだろうと思ったからだ。ところが、2度見ても相変わらずわからなかった。しかし前よりおもしろかった。

前に見た時よりも、音がより強く聞こえた。そして色彩がよりどぎつく見えた。それから、犬が極めて重要なことがわかった。

ひょっとして、これは犬が見た視点で描かれた映画ではないだろうか。犬の視点を3Dで撮るというのが、ゴダールらしい作戦だったのではないだろうか。

だから川や海や野原や花や落葉や夕日や朝日や飛行機雲や夜の街が、あれほど過剰にけばけばしく描かれているのだ。だからあれほど人間関係がわかりにくいのだ。

最初に見た時は、実は室内の男女は1人ずつだと思った。ところが女は少なくとも、ジョゼットとイヴィッチの2人がいる。そして男は3人出ているようだ。たぶん2人は元夫で、最後に出てくるマルキュスがジョゼットの恋人か。違うかもしれない。

もちろん絶えず書物が引用される。ソルジェニーツィン、ドストエフスキー、レヴィナス、エリュールなどなど。あるいは室内には薄型テレビがあって、アメリカ映画や『恐るべき子供たち』や『メトロポリス』が上映されている。女は言う。「登場人物が嫌い」。

男は女の前でおならをし、糞をする。ジョゼットは言う。「どうでもいいわ」。マルキュスが「子供を作ろう」と言うと、「犬ならいいわ」。この映画では男は醜く徹底的にだらしなく、女は美しく強い。

犬の視点で、男も女も自然も風景も等価値にしてしまい、最後は言葉ではなく、犬の吠える声と赤ん坊の泣き声が聞こえる。だからAdieu au langage「言葉よ、さらば」(原題)なのだと思う。最初に見た時は言葉ばかりでどこが「さらば」かと思ったが、今回はふに落ちた。

今年84歳のゴダールは、人間に絶望して犬の域に達して、それで死ぬつもりなのだろうか。それにしても、あの夕日や落葉は美し過ぎる。世界はかくも色彩に満ち溢れていたのだ。

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