« 「新聞の東京国際映画祭評」評 | トップページ | 人間は弱い:その(1) »

2014年11月12日 (水)

『李香蘭と原節子』の面白さ

四方田犬彦著『李香蘭と原節子』を読んだ。最近李香蘭=山口淑子が亡くなって、朝日新聞の読書面にこの本が取り上げられていたから。かなり調査をした専門的な本だが、抜群におもしろかった。

李香蘭というのは、個人的には長い間「何かいやな感じ」だった。逆に原節子は、日本の女優一の「永遠の処女」で、後光が差している。この本は大胆にもこの2人を並べて論じる。

まず、2人とも1920年生まれで同じ年であることに驚く。そのうえ、2人とも戦時中にプロパガンダ映画に多数出演している。そして戦後、李香蘭は山口淑子及びシャーリー山口として日本映画やハリウッド映画で活躍し、原節子は何ごともなかったかのように、「日本の母」を演じる。

読み終わって残るのは、戦後の原節子が内に抱え込んだ闇の部分と、戦後の李香蘭=山口淑子の驚異的な前向きの生き方だ。これまでの2人に対するイメージががらりと変わった。

「ヨーロッパ系の原節子にキリスト教的な神聖さと清潔感、知性を発見してやまない日本人の(男性のみならず女性までを含んだ)眼差しは、同時に李香蘭のなかに東アジア的な「エキゾチックなエロチシズム」を求め、それに満たされる。ここには日本人の西洋崇拝とアジア蔑視が、巧妙な美学的屈折を経て、興味深い形で登場している」

これは第1章の文章だが、何ともうまい。それから第2章と第3章がそれぞれ戦前の原節子、李香蘭を描き、第4章、第5章でそれぞれの戦後を書く。そして第6章でその類似と差異を語る。

第2章で驚いたのは、日本初の合作映画『新しき土』が最初から日独のプロパガンダ映画として構想されていたことであり、原節子はこの映画に出ることで有名になり、そのキャンペーンのために半年も欧米に行ったことだ。そのうえ、彼女は帰国後さんざん「大根女優」と言われたという。

1942年から45年の敗戦までに、原節子は13本の映画に出ている。『ハワイ・マレー沖海戦』や『決戦の大空へ』などにおいて彼女が演じるのは「聖母」に近い。

第2章で書かれる原と小津の関係も興味深い。「原節子を媒体とすることで、小津はそれまでの庶民ものを離れ、戦後社会の混迷に対して抱いていた達観の姿勢を確認することができるようになった」「小津は俳優たちが表現主義的な演技の過剰に陥ることを、ひどく嫌っていた。…この傾向は、表情に多くの語彙を持たない原節子の特質に正しく見合っていた」

李香蘭については全く書いていないが、今日は時間がないので、後日に(たぶん)。

|

« 「新聞の東京国際映画祭評」評 | トップページ | 人間は弱い:その(1) »

映画」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/60637969

この記事へのトラックバック一覧です: 『李香蘭と原節子』の面白さ:

« 「新聞の東京国際映画祭評」評 | トップページ | 人間は弱い:その(1) »