ミレーの絵からバルビゾン・ノスタルジア
最近は文科省の指導で、大学は休日も授業をやることが増えた。そんなわけで東京フィルメックスには行けないが、展覧会なら空いた時間でサクッと見られる。三菱一号館美術館で1月12日まで開催の「ボストン美術館 ミレー展」をのぞいた。
例によって「〇〇美術館展」だが、ミレーやその周辺がまとまって見られたらいいと思った。かつて国立西洋美術館でその多様性を「発見」したコローが5点ほどあって嬉しかったし、ミレーを10点以上見ていると、この画家も古典と近代の過度期にある興味深い存在に見えてきた。
有名な《種をまく人》は予想以上に暗い絵だったが、実にダイナミックだし、遠くに明るい色彩で描かれた小さく描かれた人の姿が効いている。《刈り入れ人たちの休息》などを見ると、この画家が古典的な人物の構成にこだわっていたことがよくわかる。
ミレーで一番良かったのは《羊飼いの娘》。これは1870年代前半のせいもあって、モネなど印象派を思わせるような自由さがある。確実に同時代の空気が流れている。
ミレーは19世紀半ばにパリ郊外のバルビゾンという農村に移住し、何人かの画家も集まってきたわけだが、展覧会にはその地域の現在の写真もあった。それを見ていたら、30年前にそこに行ったことを忽然と思い出した。
1984年の9月、北フランスでの1週間の合宿を終えた日本人10名はパリに着いた。私のような大学生もいたがOLが多かった。それから1年間パリに住む私以外は、数日後に日本に帰ることになっていた。数名ずつのグループに分かれて市内や郊外を観光したが、その時に行ったのがバルビゾンのミレーの家だった。
たぶん5、6名だったと思う。誰かがフォンテーヌブロー駅で降りて自転車を借りればいいらしいと言い出して、それを実行することに。実際に行ってみると自転車で1時間半ほどかかったが、フォンテーヌブローの森を自転車で駆け抜けるのは気持ちが良かった。
芸術家村は今回の展覧会の写真で見たほど整備されていなくて、古い数軒の民家に絵や写真が少しあるだけだった。それから帰りにフォンテーヌブロー城に行って、豪勢な家具や陶器を見た。よく全員が駅まで戻れたと思う。というわけでまたノスタルジアになったが、今もそのうち2名とは年賀状のやり取りをしている。みんな、今も元気だろうか。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 《真珠の首飾りの少女》の騒ぎをめぐって(2026.09.05)
- 《納涼図屏風》に考える(2026.09.01)
- 「上野・大牟田・ブエノスアイレス」展の謎(2026.08.28)
- 美術と映画をめぐって(2026.08.26)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 飛行機のトラブル(2026.09.07)
- 美術と映画をめぐって(2026.08.26)
- 本を売る(2026.08.20)
- 人生の僥倖(2026.08.09)
- いつの間にかイタリア映画の専門家に(2026.08.07)


コメント