« 1925年のドイツとオーストラリアの映画2本に酔う | トップページ | いつもおもしろいケン・ローチ »

2014年11月17日 (月)

ウィレム・デ・クーニングの色彩に和む

ブリジストン美術館で1月12日まで開催の「ウィレム・デ・クーニング展」を見た。地下鉄の駅貼りポスターで見た色彩があまりにも鮮やかで、見たい気になった。フィルムセンターから歩いて5分ほどで、2つの上映の合間に見るのにちょうどいい。

行ってみたら、展覧会はずいぶん小さかった。35点だけで、そのうち油絵は17点のみ。多くは旧パワーズ・コレクションで現在はリュービ・ファウンデーションの所蔵になるもので、それにニューヨークのMOMAから1点と国内から数点が加わっている。

時代も1960年代のものばかりで、残念。同じ抽象表現主義の巨匠でも、ジャクソン・ポロックは最近東京国立近代美術館で大きな個展を見たが、デ・クーニングはまとめて見たことがない。その意味では17点の油絵を見ただけでも貴重ではあった。

ほとんどの絵は、《歌う女》のように題名に女が付いているが、明るい色がいくつも混じった抽象画だ。よく見ると、女性の唇や乳房のようなものを感じることもできる。赤、黄、オレンジ、白を基調とした暖色が激しいタッチで重なり合う。青や緑が少しだけ使われている。描きなぐりのように見えて、ある種の調和というか、優しさが感じられる。

材質を見ると、カンヴァスや板に紙が貼りつけられていることがわかる。確かに絵の中に段差のようなものがあるのはそのせいだ。あるしっとりした感じも生んでいる。この紙の使用はこの頃の特色なのか、ずっと前からなのかはわからないが。もっと1940年代あたりから見られたらよかった。

この展覧会は展示室全体の1/3ほどで、残りはブリヂストン美術館の誇る近現代美術のコレクションが並んでいた。確かにセザンヌやモネなど、ここの印象派やポスト印象派の所蔵はハイレベルなので、これらは何度見ても満足感がある。

東京国立近代美術館や国立西洋美術館のような大美術館であれば、常に常設と企画展示室を別々に展示できるけれど、ここはそんな広さはない。その分豊富なコレクションを見せておけば、小さな企画でもかまわない。そんな感じだろうが、「持てる者」だからできることだろう。

かつて西美の学芸課長ををしていたYさんが、ブリヂストンや大原美術館のコレクションがウチのものになったら、欧米の美術館に負けないんだが、と言っていたのを思い出した。確かに日本は民間の美術館のコレクションが充実しているので、それらを合わせたらかなり見ごたえがすると思う。

それにしても、デ・クーニングの本格的な個展をいつか見たい。

|

« 1925年のドイツとオーストラリアの映画2本に酔う | トップページ | いつもおもしろいケン・ローチ »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

クーニングの絵はパーツの形自体は何だか溶解してしまったかのように、メチャクチャだけれども、見て取れる部位が多い点が好きです。あ、ここは唇だなあ、とか。全体としては滅茶苦茶な体型だが、ちゃんと見ると見て取れる。無秩序を思わせつつも整っている。

投稿: チャカ | 2014年11月18日 (火) 19時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/60663582

この記事へのトラックバック一覧です: ウィレム・デ・クーニングの色彩に和む:

« 1925年のドイツとオーストラリアの映画2本に酔う | トップページ | いつもおもしろいケン・ローチ »