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2014年11月 8日 (土)

レネ遺作の不思議な魅力

来年2月14日公開のアラン・レネ監督『愛して飲んで歌って』を見た。レネはこの映画を今年2月のベルリン国際映画祭で発表してから3月1日に亡くなっているから、遺作になる。これがあまりにも遺作にふさわしいものだった。

レネには『夜と霧』(55)の昔から、ある種の軽みがある。冷やかさといったらいいのか。登場人物の心理に入り込まず、その外側を抽象的に追う。だから感情移入はできない。

そして、その描き方にはどこか機械を使った感じがある。必ず描かれる場所の全景を見せて、位置関係を明らかにし、1つ1つ細部に至る。しかし肝心なところがどこか抜けていて、落ち着かない。そんな謎めいた構造を見ていると、だんだん眩暈がしてくる。

かつては『二十四時間の情事』(59)を始めとして深刻な題材や難解な構成が多かったが、『人生は小説なり』(83)の頃からか、コメディ的な要素が少しずつ出てくる。後に妻となるサビーヌ・アゼマが出始めたのもこの映画からで、彼女の天衣無縫の溌剌とした明るさ、おかしさがレネを変えたのかもしれない。

それからは『恋するシャンソン』(97)など、本当にみんなが笑える映画まで作った。最近はそれを超えて、『風にそよぐ風』(09)など、だんだん澄み切った空気のような映画を作っていた。そして遺作の『愛して飲んで歌って』で、その極みに至る。

最初に田舎の道の静止画面が出てクレジットが流れ、それからいきなり英国の地図が出てきて、ヨーク市が示される。それからデッサンで描かれた街並みが写ったかと思うと、芝居の書き割りのような背景の前で、男女が話し始める。人物がアップになると、背景はいつも金網模様のデッサン。

3組の男女がそれぞれの家で、不治の病のジョルジュについて語る。彼を診断した医師コリン(イポリット・ジラルド)の妻カトリーヌ(サビーヌ・アゼマ)は、かつてはジョルジュの恋人だった。ジョルジュの友人ジャックの妻タマラは次第にジョルジュに惹かれてゆく。ジョルジュの元妻のモニカは、農夫の夫(アンドレ・デュソリエ)と暮らしながらジョルジュのことを思い出す。

そのうえ、コリンとカトリーヌとタマラは新しい芝居に取り組んでおり、ジョルジュも加わる。春、夏、秋と季節が流れ、芝居の公演が終わると、ジョルジュは女たちのそれぞれにスペインのバカンスに行こうと誘い出す。

芝居のシーンは全く出ないし、そもそもジョルジュが出てこない。それどころか、ほぼこの6人しか出てこない。彼らはそれこそ舞台のような黄色や緑のカーテンや絵に描いた花園の前で、ひたすらジョルジュについて話す。

これ以上は書けないが、最後の一瞬まで言葉の一つ一つを楽しめる。舞台の公演の後にジャックが語る「映画の方がいいね」と言うセリフまで。最後まで見ると、これがまさにレネの集大成だったことを感じ、自分でお別れをした映画だとわかる。いやはや、天才とはこういう人を言うのだろう。

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