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2014年11月13日 (木)

人間は弱い:その(1)

私は常々、人間は弱いと思っている。性善説でも性悪説でもなく、性弱説である。ありとあらゆる欲望にコロリと負ける。金、名誉、女に始まって、あらゆる物欲や食欲や権力欲や独占欲がある。そんなことを久しぶりに考えたのは、ある委員会の席上だった。

今年になって、役所や財団のいわゆる委員会によばれるようになった。だいだい申請書や推薦書を審査して、採択者や受賞者を決める。

そんなところでは、「先生」として扱われる。大学で教えているから学生に「先生」と言われるのには慣れてきたが、初対面の背広を着た大人に「先生、こちらの席へどうぞ」と言われると妙な気持になる。席に座ると、回りの委員の顔を見渡し、上品そうにあちこちに会釈をする。

そこには、かつて憧れた著名な評論家や映画監督もいた。そういう著名人はこの種の委員会に慣れているようで、如才なく歩き回って挨拶をし、座を盛り上げてはしゃぐ。

何が嬉しいのかわからない。会議も審査も退屈だし、もともと事務局のお膳立ての上に、少しばかり裁量を加えるだけだ。それなのに、超多忙なはずの著名人が何人も集まって、何やら楽しそうに会議をしている。

たぶんこれは「おだてられるのに弱い」からだと思う。「先生、先生」と呼ばれて「いかがでしょうか」と意見を求められると、人間は嬉しくなるのだ。自分はかつて反対側の事務局にいて、「先生」と呼びかける仕事をしたことが何度もあった。だから余計に「先生」の側に立つことが恥ずかしい。芝居をやっている気分になる。

さらに、「誰かを選ぶ」権力の喜びもあるだろう。「オレがあいつに賞を出した」といった感じである。何だか天下を取ったような。しょせんは誰かが貰うだけのことなのに、それに少しでも係わっていることで、自尊心が満足するのだろう。

とにかくこの種の委員会は、退屈で時間の無駄だと思った。それでもみんな参加する。私もたぶんこのまま参加する。私は「弱い」ことにかけては、かなり自信があるから。今後も「人間は弱い」シリーズを続けたい。

別件だが、今度の土曜日の「朝日」朝刊に私の文章が載るという予告をしたが、延期になった。組みゲラまで出ているので、たぶん来週中には大丈夫だろう。これまた「名誉欲」か。

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コメント

ブログ毎朝楽しみに拝読しています。
このブログ、誰もコメントを書かないのはなぜでしょう。面白いのに。
「人間は弱い」特におもしろかったです。シリーズ、楽しみにしているので必ず続けてください。笑

投稿: ウェルテル | 2014年11月13日 (木) 09時48分

みなさん、コメントを書かれないのは、別の意味で、
人間は弱いからではないでしょうか。
実名でコメントを書かれている方々は素晴らしいです。

投稿: | 2014年11月13日 (木) 20時14分

確かに面白いです。このシリーズの続きが楽しみです!

投稿: onscreen | 2014年11月16日 (日) 02時41分

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