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2014年12月26日 (金)

2本で1本の『ラブストーリーズ』

ちょっと変わった作りの映画を見た。2月14日公開の『ラブストーリーズ コナーの涙』と『ラブストーリーズ エリナーの愛情』という一組の作品で、同じ内容をそれぞれ男性のコナーと女性のとエリナーの視点から描いたもの。

1本を見ても丁寧な作りでよくできた恋愛映画だが、2本見るとその面白さは格段に増す。全くタイプは違うけれど、その意表を突かれた感じは現在上映中の『6才のボクが大人になるまで』に近いかもしれない。

当たり前のことだが、人生にも映画にも「視点」というものがある。1人の人間が見えるところ、考えるところは限られている。映画の場合には複数の人物や「神」の視点が使われるので、ずべてが見えるように思いがちだ。ところが全くそうではなかった、というのがこの2本を見るとよくわかる。

物語は結婚していたコナー(ジェシャ・チャスティン)とエリナー(ジェームズ・マカヴォイ)の生活から、ある時突然エリナーがいなくなるというもの。その設定だけは現在公開中の『ゴーン・ガール』に近いかもしれない。

『コナーの涙』では、過去の幸福な日々が思い出されつつ、エリナーを探すコナーが映し出される。お客さんの少ないレストランを経営するコナーは、数軒のレストランを経営する父から跡を継げと言われる。

『エリナーの涙』では、夫婦生活で自分を失ったエリナーが実家に帰って両親や妹と暮らしながら、新しい生き方を模索する様子が描かれる。

私は『コナーの涙』から見た。父親との葛藤を含めて、男性から見てよくわかる内容に同感しながら見た。父親も3度目の妻に逃げられたばかりで、ほとんど息子と同じような哀愁を漂わせているのが良かった。

ところがその直後に『エリナーの愛情』を見たら、冒頭からのけ反った。何とコナーの全く知らない事件から始まるのだ。コナー編でコナーが会うのは、エリナーの母親(イザベル・ユペール!)のみだが、ここでは大学教授の父親(ウィリアム・ハート!)や子持ちで出戻りの妹が大きな役割を果たす。それからエリナーが通い出す大学の女性教授とのやり取り。

同じシーンを別のカメラで撮った映像もあるが、同じ場面のはずなのにセリフが少し違う映像もある。確かに同じ場面にいても、記憶は人によって違うはずだ。だからエリナーが選ぶ結末もコナー編では全く見えない。

人生の不思議を見事に映画に定着させた野心作だと思う。登場人物たちは、先日ここに書いた「中の下」ではなく、「上の中」か「上の下」くらいの恵まれた環境に住んでいるが、その哀感というか、やるせない感じが何とも心地良かった。監督・脚本は長編劇映画が初めてのネット・ベンソン。

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