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2014年12月16日 (火)

「はたらく」を考える3本

また私の学生の映画祭「ワーカーズ2014」について書く。先日見た『この自由な世界で』と『浮き雲』と『川の底からこんにちは』は、考えてみたらその監督の世代が見事にばらばらだった。だからアプローチが全く違う。

『この自由な世界で』(2007)のケン・ローチは今年78歳。彼は海外で知られるようになったのが1990年代なので、もっと若いイメージがあるが、実際はゴダールたちより少し若いくらい。この映画は、セクハラで人材派遣会社を辞めた女性が、自ら派遣会社を作って頑張るというもの。

派遣といっても、彼女が扱うのは移民労働者で、次第に労働ビザのない違法労働者の派遣に手を染めだす。一生懸命働くうちに、いつの間にかグローバリズムに巻き込まれて、搾取の側に回ってしまうという恐ろしい展開だ。ケン・ローチは、その過程を隠しカメラで撮ったドキュメンタリーのように、リアルに写す。

主人公のアンジーは息子思いで頑張り屋だが安定感がなく、勢いに任せて動き出す。完璧ではない主人公の動作が、どこにでもありそうな雰囲気を作る。かつてのケン・ローチならば移民を主人公にしたが、ここではそれをいつの間にか搾取する側を描く。21世紀を描こうとする、この監督ならではの誠実な姿勢だろう。

『浮き雲』(1997)のアキ・カウリスマキは、今年57歳。ケン・ローチと共に最近の国際映画祭の常連だが、2回りも若い。この作品が描くのは仕事を失くした夫婦の話。夫は市電の運転手だが、リストラでクビになり、妻の働くレストランは潰れてしまう。

夫婦は何とか自分たちでレストランを開こうとし、最後に元オーナーの協力で開店に漕ぎつける。テーマはリアルだが、カウリスマキの演出はスタイリッシュで、ファンタジーに近い。妻を始めとして登場人物達の赤、オレンジ、青、黄色の衣装が幻想性を高める。

この監督はこの頃から、作る映画ごとにファンタジー色を強めている気がする。あくまで現在を追おうといささか無理をしている感じのケン・ローチとはだいぶ違う。

さらに2回り以上若い31歳の石井裕也監督は、不況というものを当然の環境として笑い飛ばす。自分を「中の下」と位置付ける満島ひかる演じる主人公は、東京の会社を辞めて同じく「中の下」の男を連れて、実家に帰る。そこでシジミ工場に何とか生きがいを見出す。諦めとユーモアの混交を満島が見事に演じる。

たぶん今の若者にとって「はたらく」ということは、こんな一見ふざけたような環境で実はまじめに働くことを指しているのかもしれない。

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