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2015年1月28日 (水)

日下部五朗の見た東映

昨日の「読売」朝刊に、ここでつい先日書いた神楽坂の書店「かもめブックス」についての大きな記事があって驚いた。そういえば、日曜の「朝日」読書面ではここで書いた伊藤彰彦『映画の奈落』を紹介していた。まさか新聞記者はこのブログを見てネタを探していないだろうけど。

実際、このブログの解析データを見ると「朝日」と「読売」からのアクセスは毎日数件ずつある。それはたぶん試写の私の反応を見るためだろう。あるいは時々新聞批判をするからか。

実を言うと、日曜の朝、「朝日」の石飛記者による東映やくざ映画をめぐる本についての記事を読んで、日下部五朗著『シネマの極道』を買うために、そのまま「かもめブックス」まで歩いて行った。ヤクザ映画本のコーナーがあったのを記憶していたから。

その本の側にあった『完本 石井輝男 映画魂』と宍戸錠の『シシド 小説・日活撮影所』も買ってしまった。小さな書店なのに、こんな本が何冊も平台に並んでいるなんてすばらしい。

そして『シネマの極道』を読み始めたらすぐ読み終えてしまった。日下部の本は、彼の師匠にあたる俊藤浩磁が山根貞男の聞き書きという形で書いた『任侠映画伝』と違って、あまり編集がされていない。語ったままをライターが本にした感じだ。

『任侠映画伝』には時々山根の詳細な解説が加えられているが、こちらはそれもない。だから自慢話の連続で、スイスイ読める。おもしろいエピソードが満載だが、私には彼が描く俊藤浩磁像が一番おもしろかった。

日下部は東映の社員プロデューサーだが、俊藤はあくまで外部のプロデューサー。東急電鉄から来た当時の大川社長は、「岡田茂のことは「おい、岡田」なのに、俊藤さんには「俊ちゃん、俊ちゃん」だった」

「ある日、俊藤さんと挨拶に伺った(やくざの)親分さんもおのれの人生訓を滔々と語って倦まなかった。わたしは御説ごもっともと拝聴しているだけだったが、ふと変な気配に気づいて横を見ると、俊藤さんが感極まって涙を流している。帰りの車の中でも、
「日下部、おっさんの話、ホンマええ話やったなあ!」
まだ目を潤ませていた。わたしは驚愕したが、つまり俊藤さんは本当の意味で庶民なのだ。だから、ある時期の俊藤プロデューサーは、庶民の期待する映画を何の衒いも躊躇も気負いもなく、スッと差し出せたのだと思う」

ここに戦前からヤクザとかかわってきた俊藤と、早大卒で当時日本一の映画会社東映に入社した日下部の違いがある。この本についてはもう一度書く。

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コメント

私はテレビで将軍 家光の乱心 激突を鑑賞したことがあります

投稿: 井上康成 | 2017年4月16日 (日) 12時52分

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