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2015年1月31日 (土)

『二重生活』の熱さ

風邪や出張などが重なったため、2週間ぶりに映画を見た。公開中のロウ・イエの『二重生活』で、彼の作品の中では中くらいの出来かもしれないが、やはりスクリーンで見る快感を十分に味わった。

この監督の映画は『スプリング・フィーバー』も、『パリ、ただよう花』も、若者たちの恋愛を軸にどうしようもない情熱の行方を描き出す。手持ちカメラで追いかける登場人物たちは熱に浮かされたように動き回り、物語自体が破綻しかける。

今回もそれは同じ。夫の浮気を知った若い妻が、正気を失ったようにその現場を追いかける。その相手は実は知っている女で、その女はさらにヤバい情熱を持っていたというもの。

今回が中くらいと思ったのは、冒頭に交通事故が出てきて、全体がその犯人を捜すミステリー仕立てになっているために、妙にまとまりがよくなっているからだろう。轢いたのは金持ちのドラ息子だが、犯人を捜す刑事の友人は真犯人を探し始める。

嫉妬の情熱だけで2人の女がぐいぐい押しまくる映画だと思っていたら、実は犯罪と係わっていてという「オチ」が出てきて、無理やりまとめた感じもする。あるいは、冒頭の交通事故のシーンの後を始めとして何度か出てくるヘリコプターの空撮がうますぎると思ったのか。

それにしても、焦るように遮二無二動き出す若者たちのシーンは胸を打つ。冒頭、濁流のような雨の中の交通事故に流れる中国語の合唱によるベートーベンの第九に乗せられる。この音楽はラストにもう一度出てくるが、どの音楽も艶やかで沁みる。

主人公の女性の住む家は豪華だし、その生活は日本の中流を遥かに上回っている。そしてその背後には腐った警察や金持ち、あるいは男性中心の中国社会が浮かび上がる。今回の作品のそうした「象徴性」の強さも、私にはマイナスに写った。

映像を信じて本物の映画を作る監督だけに、今後も破天荒な作品を作ってほしい。

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