『フォックスキャッチャー』の孤独な男たち
2月14日公開の『フォックスキャッチャー』を見た。『カポーティ』と『マネーボール』のベネット・ミラー監督の新作だが、実は私はそれらを見逃していた。それでも去年のカンヌの監督賞だし、アカデミー賞候補最有力というから期待して見に行った。
一言で言うと、2時間15分、ひたすら暗い男たちの孤独の物語である。レスリング選手のマークは84年のロス・オリンピックで金メダルを取りながら、孤独で貧しい暮らしを送っていた。唯一頼るのは同じレスリングの金メダリストの兄デイヴだが、彼には妻子がいて私生活があった。
マークは財閥の御曹司のジョン・デュポンの誘いを受けて、チーム「フォックスキャッチャー」に加わり、潤沢な資金と広い家を与えられて練習に励む。最初は断っていた兄も、途中からそのチームに加わる。そしてそこで殺人事件が起こる。
最初にチャニング・テイタム演じるマークが出てきた時から、何とも悲劇的な感じが漂う。そこに現れる金持ちのジョン(スティーヴ・カレル)の不穏な雰囲気といったらない。普通では終わらせない感じが終止漂う。マーク・ラファロ演じる兄のデイヴだけが救いだが、彼が2人の間に加わることで不協和音が増してゆく。
両親が離婚して、兄以外に頼るものを持たない若者と、あり余るほどの財力がありながら、自分では何もできず、母親に頭が上がらない男の、ある意味ではホモセクシュアルな愛の物語にさえも見える。絶望的に孤独な男たちが結びつくと、本当に怖い。
まず、金持ちの不安定さを体現するスティーヴ・カレルの怪演がすごい。加えてチャニング・テイタムがトップ・アスリートの孤独を体全体で表現している。さらに正常と狂気の両方を見据えるマーク・ラファロの視線が忘れられない。
全く関係ないが、私はこの映画を見た後に、数日前のパリの新聞社襲撃事件のことを考えた。パリ郊外で貧しく虐げられた生活を送っていたアラブ系移民の若者たちが、「力」に頼って現状を変えようとした事件と、なぜか通じるものがあるように感じた。どちらも孤独な男たちが生んだ悲劇だからか。許しがたい事件なのに、どこか同情すべきところがある。
その意味で、この暗い映画は、孤独と名誉欲とお金の交差する現代社会を象徴しているのかもしれない。この映画自体、80年代から90年代にかけて実際に起こった事件をもとにしているというし。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『TOKYOタクシー』に考える(2025.12.07)
- 地下鉄の線路に手帳を落とす(2025.12.03)
- 少しだけ東京フィルメックス:続き(2025.12.05)
- マルセル・アヌーンを見る(2025.12.01)


コメント