「シャルリー・エブド」襲撃事件に考える:その(3)
イスラム国で日本人2人が人質になり、2億ドル=200億円超を日本政府に要求しているという。そのタイミングの良さや映像のわかりやすさに、思わず「ほら、言わんこっちゃない」と口走りたくなった。
安部首相は中東を訪問中で、イスラム国対策として2億ドルの拠出を表明したばかり。その彼がイスラエルにいる時を狙って、ユーチューブに流して同額を要求する。日本人は、首相は一体何をやってるんだと思うのが普通だろう。
「言わんこっちゃない」とは、首相の「私も欧米先進国の一員です」=「私もイスラム国に反対です」という根本の発想だ。もちろんあらゆるテロ行為には反対すべきだが、「欧米の一員」として反イスラム国運動に参加する必要はないのではないか。
話は変わるが、シャルリー・エブド襲撃事件の後に「私はシャルリー」Je suis Charlieというスローガンがフランスの町中に、そしてネット上に溢れた。殺された人々への追悼の思いが、「私もあの週刊誌と同じ名前です」という、ちょっとフランス的なひねった表現になったのだろう。
これを見た時、私はすぐに違和感を持った。「私はあの週刊誌と同じではない」と思った。みんながシャルリー・エブド誌の「表現の自由」を支持するとは思えない。それを平気で掲げているフランス人は、やはりのんきに世界の中心にいると思っているように見えた。
だから日本のフェイスブックで多くの知り合いの日本人が「私はシャルリー」の画像をシェアし、「いいね」を押しているのを見て、理解ができなかった。仏語のできる複数の友人に至っては「私だって、シャルリーです」Moi aussi, je suis Charlieと書き込んでいた。
日本人の立場はちょっと違うだろうと思っていたが、そんな時に今度の事件が起こった。これは首相が「私だって、シャルリーです」と言ったようなものだ。「私だって欧米と手を組んで貢献しますよ。とりあえず、お金を出します」と。その瞬間にガツンとやられた。
よく言われるが、日本は中近東の人々から特別な尊敬の眼で見られてきたという。これは私も個人的に感じてきた。非西洋で先進国入りを果たしながら、礼儀正しく伝統文化を守っているというのがその理由だ。おそらく中近東やイスラムの人々と一番仲良くなりやすい先進国ではないだろうか。キリスト教国でもなく、ユダヤ人もほぼおらず、歴史的な利害関係もない。
そう考えると、「私も反イスラム国」と騒ぐのはどうだろうか。「欧米流民主主義」や「経済中心主義」とは少し距離を取った生き方や国のあり方が模索できると思うのだが。
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コメント
私も同じ感想を持ちました。欧米と共同歩調を取ることは、欧米と同じ脅威を引き受けることに他ならない。安倍政権は日本の敵を増やす努力をしているように思えます。
投稿: 石飛徳樹 | 2015年1月21日 (水) 09時33分