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2015年2月13日 (金)

パリのバス・ノスタルジア

私が勤める大学へは地下鉄で35分ほどだが、時おりバスに乗ることがある。これだと40分や45分かかるが、景色が見えるので気分がいい。先日、バスを待っていたら雪が降ってきて、忽然とパリのある風景が蘇った。

その日のパリは大雪が降っていた。パリ第3大学で夜の9時まで授業を受けていた私は、大学前のバス停にバスが近づいてきたのを見て、全力で走った。その時間帯だと15分に1本くらいしかない。けれど私は雪に滑って転んでしまい、バスに間に合わなかった。ジーンズはひざの部分が大きく破れて、急に泣きたくなった。

ちょうど30年ほど前の話である。1年間パリで過ごしたが、日本に帰りたいと思ったのは、その時だけだった。考えてみたら、当時住んでいたパリ大学都市から第3大学や第7大学までいつもバスで通っていた。今も変わっていなければ67番のバス。

授業は朝9時からだから、冬だと8時半前に乗ってもまだ暗かった記憶がある。授業は3時間が基本で、9時から12時、12時から3時、3時から6時、6時から9時。何と休み時間も昼食の時間もなかった。昼は学食のカフェでサンドイッチを買って、ミネラルウォーターで5分で「飲み込んで」(仏語にavalerという表現がある)いた。

一度、大量に買ったばかりの本を入れた袋をバスに置き忘れたことがあった。パリ市交通局や警察に遺失物届を出したけれど、もちろん戻ってはこなかった。1万円分くらいなので、この時もかなり悲しかった。

授業が3時や6時に終わると、第7大学からは63番のバスに乗るとシネマテークのあったトロカデロ宮殿まで1本で行けた。そもそも先生の話すフランス語が半分くらいしか理解できないでつらかった授業の後にそのバスに乗ると、大きな解放感があった。

地下鉄と違ってバスは観光客には乗るのが難しい。だからバスを乗りこなすとパリジャンになったような気がして気分が良かった。バスにはなぜか黒人やアラブ人が少なかった。長い距離だと地下鉄より料金が高くなるのが理由なのだろう。あるいは時間が余計にかかるからだろうか。いずれにせよ優雅な白人のマダムなどが多かった。それに乗って自分も「名誉白人」の気分がしたのだから、呑気なものだ。

バスでは意外な出会いもあった。一番驚いたのは、パリから帰国して1年後の夏休みに再びパリに行った時に、憧れていた可愛い女子学生のセシルさんに偶然会ったことだ。その時は住所を交換したはずだが、その後手紙のやり取りはしていないと思う。彼女はどうしているだろうか。

自宅前からバスに乗って、ふいに30年前のパリのバスを思い出し、またノスタルジアになってしまった。


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コメント

はじめまして。
9月にパリに行くにあたり、調べ物をしていてこのページに出会いました。
かのパトリック・モディアノがよく利用されていた路線が、「63番」と聞いたことがあるように思います。

投稿: momochin | 2016年9月 2日 (金) 21時09分

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