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2015年2月15日 (日)

東映時代劇のひばりと千恵蔵

大学の年度末特有の雑事が先日の入試で一段落したので、フィルムセンターの東映時代劇特集を見に行った。東映は60年代半ばからの任侠映画は少しは見ているが、50年代から60年代前半の「明朗快活」の時代劇はほとんど見ていない。

見たのは、沢島忠監督の『江戸っ子判官とふり袖小僧』(1959)。片岡千恵蔵と美空ひばりが主演で、遠山の金さんを演じる片岡がふり袖小僧のひばりを裁くという物語。チラシによれば、「いれずみ判官」の第15作で、「シリーズ最高傑作の呼び声も高い1本」

最初は間延びした笑いの連続に、昔テレビで見た水戸黄門などのテレビ時代劇を思い出していたが、見ているうちにするすると引きこまれていった。後で考えてみたら、幾重にも凝った作りの映画だった。

まず、暗い一本道から一転して明るい牢屋の中で歌うひばりが出てくる。彼女のもとには、ふり袖小僧を主人公にした芝居を書いたという大阪弁の脚本屋が現れる。映画はその脚本屋の話に従って進む。最後には再びその場面に戻るから、きちんと枠構造ができている。

ふり袖小僧こと、「おえん」は追っ手から逃げて子分二人を連れて、江戸を出る。そこで彼らが狙ったヤクザが実は遠山の金さん。ところが金さんはふり袖小僧と勘違いされて、追われる身となる。さらに大阪弁の新婚旅行の2人が、ふり袖小僧とその子分に間違われるおまけまでつく。

最大の人違いは、もちろんふり袖小僧が遠山の金さんをただの遊び人だと思って好きになってしまったことで、半年後の日本橋での再会は、実はお縄頂戴となる。さらに金さんは白洲敷きの前で本当の犯人を指さして、桜吹雪の彫り物を見せて、ふり袖小僧は無罪放免。

本当は義賊であって盗賊ではないふり袖小僧(ひばり)と、実はやくざでなく判官という金さん(千恵蔵)を中心に、何重も折り重なる人違いの世界。観客はそれを解きほぐしながら、最後は一件落着となる解放感を味わう。そのうえ、ひばりの歌も何度も聞ける。いやはや、東映ができる前の東横映画時代から作られたシリーズだけに、当時は若手の沢島監督も実に巧みに仕上げている。

「明朗快活」なだけに、人は死なない。立ち回りがあっても、ひばりも千恵蔵も刀で切らずに素手か槍で相手を倒してゆく。血がドッと迸るようになるのは、黒澤の『用心棒』(61)からだろうか。この特集は今日まで。無理しても、もっと見るべきであった。

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