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2015年2月 9日 (月)

『深夜食堂』の安定感

松岡錠司監督の『深夜食堂』を劇場で見た。この監督はやはり気になるし、多彩な俳優陣もおもしろそうに見えた。もともとは漫画で、テレビドラマになったものらしいが、例によって私はどちらも見ていない。

映画は丁寧に作られていておもしろかったけれども、その予定調和的な安定感が気になって、いま一つ乗れなかった。

作りはいわゆる「グランド・ホテル」形式で、朝方まで空いている食堂にやってくる客たちのそれぞれの人生を描く。全体は3部構成で、「ナポリタン」はパトロンを失くした女(高岡早紀)と若い男(柄本時生)の話で、「とろろご飯」は地方から出てきた金のない女(多部未華子)、「カレーライス」は震災で妻子を失くした男(筒井道隆)を描く。

それを見守るのは、小林薫演じるマスターと常連客やおまわりさん(オダギリジョー)。そしてエピソードの題名になった3つの料理を始めとして卵焼きやウィンナーなどマスターの手料理が披露され、物語につながってゆく。それらがするすると進んでゆくが、テレビのファンを意識しすぎか、初めて見る者にはいま一つ深みが感じられない。

何だか顔見世興行のように、20名を越す俳優たちが現れては消える。全体が文学的といったらいいのか、軽いファンタジーのようでもある。それにしては震災のエピソードはくどかったし、骨壺を置いて行った女(田中裕子)の後半の語りも笑っていいのかわからなかった。

テレビドラマを意識していなければ、これほどエピソード満載にすることなく、もっと切りつめた映画らしいドラマができたのではないか。もちろんそうしたらテレビファンは満足できなかったかもしれないが。舞台が新宿ということもあり、同じ「グランド・ホテル」形式ならば、現在公開中の『さよなら、歌舞伎町』の方が心にずしりと来る力を持っている。

夜の12時から朝の7時まで開いている店の話なので、早寝早起きの私にはどうしてもリアリティが感じられなかったのかもしれない。


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