« 『シネマの極道』についてもう一度 | トップページ | 『サンドラの週末』に泣いて笑う »

2015年2月 2日 (月)

菅木志雄の小宇宙に酔う

私が美術を見始めた1980年代半ば、「現代美術」のイメージは、画廊に石がゴロンと置いてあるようなものだった。85年に初めて行ったベネチア・ビエンナーレでもそんな作品をたくさん見たし、銀座の画廊でもよく見た気がする。

菅木志雄という名前は、その時に覚えた。後に彼を含むグループが「もの派」と呼ばれていたことを知った。しかしその後、1940年代生まれを中心とする彼らの作品を見る機会は少なかった。

1980年代末のバブル期からは、森村泰昌、舟越桂、村上隆といった1950年代生まれのわかりやすいスターが出てきたので、そちらに夢中になった。あるいはその前の世代の展覧会は多かった。関西の1920年代生まれの具体グループの展覧会は何度も開かれたし、去年は1930年代生まれのハイ・レッド・センターや工藤哲巳の展覧会をいくつも見た。

具体やハイ・レッド・センターには、ある意味で派手な部分があってわかりやすい。パフォーマンスがあったり、政治性が強かったり。それは彼らが活躍した1950年代や60年代の時代と呼応しているだろう。

ところが、「もの派」が目立ってきた1970年代というのは、地味な時代に思える。学生運動がよど号乗っ取りやあさま山荘事件に終わり、世の中は「しらけ」か「内省」に陥った気がする。1980年代以降の消費の時代の前のことだ。

前置きが長くなったけれど、木場の東京都現代美術館で見た「菅木志雄展」に深い感銘を受けた。石、鉄板、ガラス、紙、ロウ、ロープといった「もの」そのものを組み合わせた空間展示に、精神力の勝利のようなものを感じた。あらゆるスペクタクル性を排除し、ものを並べただけで形成される禁欲的な小宇宙に酔った。

それが、もともと石とガラスと鉄を中心に作られた都現美にぴったり合っていた。美術館に入ると、通路をふさぐように彼の石の作品が並ぶ。建物とのハーモニーに、常設展示のようにさえ見えた。あるいは地下のアトリウムの展示。大きな長い木の壁に斜めにかぶさった鉄板。鉄板と石を組み合わせた古代の墓のような作品。そして建物の外の庭にまで、丁寧に石が並んでいる。

かつて見た銀座の画廊の展示や美術館の「もの派」展には、このような充実感はなかった。都現美という、バブル期に構想された天井が高く馬鹿でかい空間での個展だからこそ、彼の本領が発揮されたのではないか。この展覧会は3月22日まで。考えてみたら、展覧会には作家の略歴や時代背景の解説パネルなどが一切なかった気がする。その方が美しいかもしれないが、公立美術館なのだから、最低限の解説は欲しい。

同時開催の「ガブリエル・オロスコ展」もグループ展「未知の星座」もそれなりにおもしろかったが、菅木志雄展に比べたら児戯のように見えた。

|

« 『シネマの極道』についてもう一度 | トップページ | 『サンドラの週末』に泣いて笑う »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61072662

この記事へのトラックバック一覧です: 菅木志雄の小宇宙に酔う:

« 『シネマの極道』についてもう一度 | トップページ | 『サンドラの週末』に泣いて笑う »