『シシド』に見る日本映画最盛期
偶然に買った宍戸錠著『シシド 小説・日活撮影所』がおもしろかった。観客動員数が11億人を超えた1950年代後半の日本映画黄金時代の雰囲気が蘇る。題名の通り小説仕立てなのでどこまで本当かどうかわからないが、それも含めて盛り上がる。
日活は1912年にできた日本最古の本格的な映画会社だが、戦時中に大映に統合され、撮影所を譲渡していた。その日活が、1954年に製作を再開する時の話がこの本の冒頭に出てくる。ちょうど前年には、スターの引き抜きを禁じる五社協定ができている。
そこで堀久作社長が登場する。「札ビラだ。五社協定に対抗するにはカネだ。札ビラで頬を叩け。この半年が勝負だ」「まずは役者だ。客を呼べる看板スターにはカネに糸目をつけるな。各社のトップスターにはどんな手を使ってもいい」「松竹を狙え。俳優も演出も、大物、新人を問わず引き抜け。松竹が根ッコから揺らぐ大打撃を与えてくれ」
もちろんシシド=宍戸錠はまだ日活に入社しておらず、その場にはいなかったわけだから、あくまで聞いた話の再現でしかない。しかしその後、俳優では三国連太郎、森繁久彌、月岡夢路、北原三枝、芦川いずみなど、監督では西川克巳、鈴木清順、川島雄三、今村昌平などが日活に集まったわけだから、「札ビラ」はあながち嘘ではあるまい。いったいどのくらいお金を使ったのだろうか。
そしてシシドはその年、日活のニューフェース1期生として大学を中退して入社する。その前に、日大芸術学部近くのシシドの下宿に早稲田の菅原文太などが集まって、日活の「ニューフェース募集」の新聞広告を見ながら、行くべきか悩むシーンがおかしい。菅原文太はそこで劇団四季の第一期生として入団を決める。今から考えると菅原文太が劇団四季とは考えにくいが、当時は浅利慶太率いる勢いのある若手劇団だった。
日活の8千人の応募者の中から21人が選ばれたという入社試験の様子も興味深いが、入社後の堀の挨拶がおかしい。「客の入る映画をつくる、大当たりする映画作品をつくる修行の工場に君たちを入れるのだ」「ワシと全従業員、技術者諸君が一致団結して、五社に対抗して市場を獲得するのだ」「君達はスターの卵だ。厳しく言い渡しておく。男と女の仲になるな」
案の上、シシドはアカシという同期の女性と恋仲になる。上司には止められるが無視していると、だんだんシシドだけが有名になって、女は置手紙をして大阪に帰る。
その前に、シシドが新人として初めて撮影現場に足を入れる場面があり、「仕出し」と呼ばれるエキストラ役の毎日が描かれる。最初は山村聰監督の『黒い潮』で、チーフ助監督は鈴木清太郎(清順)。シシドは新聞記者役だが、「下っ端は1時間前に撮影所に入れ」「衣装は勝手に見つけろ」などと怒鳴られる。
これから少しずつ役をもらって主役になってゆく過程が描かれるが、それはまた後日。いずれにしてもこの本は主役になるまでで、それからは「完結編」を読まねばならない。こちらはまだ文庫になっていないが、買うべきか。
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