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2015年3月19日 (木)

「若冲と蕪村」展の衝撃

とんでもない展覧会を見た。サントリー美術館で始まったばかりの「若冲と蕪村」展のことである。今までこの2人を結びつけて考えたことはなかったが、何と同い年で来年で生誕三百年という。

つまり彼らが生まれたのは、1716年。先日ここで触れた英国のターナーが次第に有名になって油が乗ってきた頃だ。ターナーは若い頃から絵を描き、国内を始めとして欧州各地に旅行した。ところがこの2人が本格的に絵を描き始めるのは、40歳くらいのようだ。

カタログによれば、伊藤若冲は錦小路の青物問屋の長男として生まれ、40歳で家督を弟に譲ってから、制作に専念する。ほかの画家と違って注文は受けず、生家の経済的支援を受けて自分のために描いていたという。与謝蕪村はもちろん俳人として有名だが、全国を旅した後に本格的に絵を描き始めたのは36歳以降という。

いわばアマチュアとして絵を描いていた2人だが、その絵は大きく異なる。まず題材として、若冲は花鳥が多い。鳥や虫、動物を華麗な色彩で写実的かつ装飾的に描く。時には形が極端にデフォルメされたりするが、全体に大きなユーモアが漂う。

MIHO MUSEUM所蔵の《象と鯨屏風》は横幅が7メートルほどの巨大なもの。右端の白い象はにこりと笑って何ともユーモラスで、左側の黒い鯨は無表情でぷっと水を上に吐き出している。その間の波は生き物のよう。注文ではなく好きなものを描いていたというが、本当にやりたい放題だったのではないか。実に楽しそうな《寒山拾得図》がいくつもあるが、彼自身を表しているように見えてならない。

これに比べると蕪村はまじめ。中国風の典雅な山水画や歴史画を数多く残している。そしてその多くに漢文が書かれている。ジャンルも、風景、人物、花鳥、俳画と幅広い。《寒山拾得図》も若冲のものと比べると、ずいぶん厳粛な感じ。

同じくMIHO MUSEUM所蔵の《山水図屏風》を見ると(これも7メートルほど)、銀地に墨でびっしりと描き込まれた家や岩や木々の力強さに、思わず震える。俳人の余技とは言い難い完成度の高さが、彼の絵には感じられる。

2人は四条烏丸周辺の目と鼻の先に住みながら、全く交流がなかったという。会場にパネルがあったが、そのすぐ近くに円山応挙や池大雅も住んでいた。こちらの2人とは若冲も蕪村も交流があったというが。

いずれにせよ、狩野派や琳派などの主流とは違った、江戸時代の異端の画家2人を対決のように並べたこの本展は、今年の美術界の大きな話題となるのではないか。5月10日まで開催だが(一部展示替え)、混まないうちに早めに見た方がいい。必見。

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