« 放射能から逃げる母たちについて | トップページ | 飲酒考:その(1) »

2015年4月 1日 (水)

また、女が語る原発の映画を見た:『わたしの、終わらない旅』

鎌仲ひとみ監督の『小さき声のカノン』を見たら止まらなくなって、また女性監督による反原発ドキュメンタリーを劇場に見に行った。坂田雅子監督の『わたしの、終わらない旅』だが、これが全く対照的だった。

『小さき声のカノン』は、福島原発の放射能を恐れる母たちを極めてミクロな視点で描く。そしてチェルノブイリ後のベラルーシがいかに放射能対策をしているかを見せて、日本政府の無策に抗議する。

ところが『わたしの、おわらない旅』には、福島はほとんど出てこない。日本の映像さえ全体の1/5もないではないか。その代わりに描かれるのは、大雑把にいえば人類と原子力の関係という大問題である。わずか78分で極めてマクロな視点でぐんぐん迫ってゆく。

この映画がすばらしいのは、その追求が亡くなった監督の母の一冊の本から生まれたという極私的な動機が起点にあること。母は「聞いてください」と名付けた反原発運動のミニコミ紙を1977年から出し続けており、監督は遺言に従ってそれを本にした。その活動の出発点は、英国に住む長女がフランスの原発の問題について手紙で知らせてきたことだった。

それから監督は、英仏海峡の島に住む姉を始めとして、フランスの原発再処理工場、アメリカの核実験の後のマーシャル諸島、ソ連の核実験の後のカザフスタンの人々を訪ねる。それぞれの地で、大国の原子力政策ががもたらした悲惨な状況が現在でも続いていることが描かれる。そして第五福竜丸の元乗組員にカメラは向けられ、最後に福島原発に向かう。

時おり挿入される、トルーマンやアイゼンハワーの演説などのアーカイヴ映像が効いている。50年代に始まった読売新聞社主催の「原子力平和利用博覧会」の動画は初めて見た。極めつけは96年の「原子力政策会議」の映像で、監督の母親が原発の危険性を語るシーン。科学技術庁長官の中川秀直や「国際政治学者」舛添要一の顔も見える。ちなみに舛添は反原発だった。

たっぷり時間をかけた調査旅行と、無駄を省いた綿密な構成で、福島を見せずに福島の危険性を語る労作である。あと10日ほど東中野で上映しているので、ぜひ。

|

« 放射能から逃げる母たちについて | トップページ | 飲酒考:その(1) »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61370393

この記事へのトラックバック一覧です: また、女が語る原発の映画を見た:『わたしの、終わらない旅』:

« 放射能から逃げる母たちについて | トップページ | 飲酒考:その(1) »