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2015年4月21日 (火)

『愛を積むひと』に考える

6月20日公開の朝原雄三監督『愛を積むひと』を見て、いろいろなことを考えた。実を言うとこの監督の映画をスクリーンで見るのは初めて。『釣りバカ』シリーズなどはDVDやテレビでしか見ていなかった。

山田洋次の助監督を務め、松竹のドル箱シリーズを引き継いだ監督というだけで、かつては苦手意識があった。大学生から会社員になっても続いた「映画青年の食わず嫌い」だろうか。そもそもミニシアターに通い詰めていたので、大手邦画会社の映画自体あまり見ていなかった。

ところが『たそがれ清兵衛』(2002)あたりから、山田洋次作品を劇場で見るようになった。もちろん山田洋次特有のベタなヒューマニズムやユーモアは苦手だったが、それでも泣いてしまう自分がそこにあった。

今回、『愛を積むひと』を見て、また泣いてしまった。佐藤浩市と樋口可南子演じる中年夫婦が、経営する東京の町工場が倒産して北海道にやってくる。ところが妻は心臓病で夫を残して去ってしまう。夫は近所の若者との交流や娘との和解を始める。

2時間5分の作品だが、1時間くらいで妻が亡くなったあたりから、何度か涙が出た。試写室でも、鼻をすする音があちこちから聞こえた。確かに正面から人間愛を歌い上げる映画だ。出てくる人はみんな善人で、その物腰が美しい。北海道の四季の自然の描写は言うことない。積み上げた石塀を一度だけクレーン撮影で上から見せるシーンを始めとして、テクニックも実に的確。死後出てくる何通かの妻からの手紙も効いている。柄本明などの脇役も絶妙。

脚本、演出ともに非のうちどころない出来で、山田洋次のようなベタさやわざとらしさもない。一般の観客の満足度もきっと高いことだろう。個人的にはいささか派手な音楽も含めた盛り上がり方に後半は少し引いてしまったが、それは趣味の問題だろう。

そのメロドラマぶりは、「松竹大船調」の後継者はここにありと思ったが、そもそも「蒲田調」や「大船調」自体がはっきりしない。かつてはたぶん五所平之助監督の『マダムと女房』とか島津保次郎監督の『隣の八重ちゃん』などを指したのだろう。つまりは時代劇やアクションではなく、都会の普通の市民を描いたホームドラマである。

小津が「大船調」を受け継いだのかどうかもわからない。確かに現代劇でアクションはないが、後半の映画に出てくる登場人物たちはかなり裕福で、とても「普通の市民」ではない。その後の『寅さん』シリーズが「大船調」なのかもわからない。島津保次郎などに比べると、あまりにもベタでお洒落さがない。

松竹映画の歴史というのは、何とも興味深い。ちなみに朝原監督はもちろん松竹の専属に近い監督だが、クレジットなどを見ると今回の製作や配給はアスミック・エースの方が主体のようだ。

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