河瀬直美の新たな展開
5月30日公開の河瀬直美監督の新作『あん』を見た。河瀬監督と言えばカンヌの常連であり、そのためか日本らしさを前面に出したような作品が多い。奈良の森、女性の生と性、奄美大島の海などを神話的な要素をたっぷり取り込みながら、ドキュメンタリー・タッチで描いてきた。
今回も5月末の公開だから、カンヌを狙っているのだろう(正式発表は今月16日)。しかしながら今回の新作は、日本らしさや神話性をあまり感じさせない、いわば「小さな物語」だった。
チラシからして、桜の花びらを手にするセーラー服の娘の写真の上に、樹木希林と永瀬正敏がいて、「やり残したことは、ありませんか?」と書かれている。何となく松竹大船調のような感じ。
物語は、どら焼き屋の雇われ店長(永瀬正敏)の日常から始まる。そこに通う静かな女子中学生と求人募集の張り紙を見てやってきた老女(樹木希林)。3人とも複雑な過去や環境を感じさせる。老女の手助けで店は繁盛し始まるが、心ない噂で、状況は一変する。
舞台は西武線の走る東村山の何の特徴もない街で、ある意味ではたいしたことは起こらない。3人のそれぞれの人生が少しずつ明らかになるだけだ。そのうえ、前半はふらりと現れた老女がどら焼きのあんを作り、それがおいしいので店がだんだん繁盛する様子が、よくできたメロドラマのように着々と進む。
後半の事実の露呈も極めてつつましやかで、そこから見える社会的な差別についても深く追求されるわけではない。背後にあるはずの「大きな物語」は想像の域に留めている。その暗示の具合は、山田洋次の映画に似ているとさえ言える。
あえて日本的な要素と言えば、「桜」の存在だろう。どら焼き屋の近くには大きな桜の木がいくつもあり、物語は桜の咲く季節に始まって、春から夏、秋、冬とめぐって、もう一度桜の咲く頃に終わる。物語のあちこちに挟み込まれる桜とそれを見つめる人々のたたずまいの美しさは、河瀬映画ならでは。
何度かある手紙を読むシーンが生きている。あるいは終盤に出てくるカセットテープの声。普通のセリフもどれも印象的だし、とりわけ樹木希林の言葉が心に残る。「声」の生かし方のうまさも、この監督の持ち味。
今回はドリアン助川の同名の原作があったから、これまでと違うタッチになったのではないか。この監督には、今後も原作のある作品やほかの脚本家による映画を手掛けて欲しいと個人的に思う。
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コメント
昨日、恥ずかしいことに、遅ればせながら『あん』を鑑賞しました。河瀬直美監督作品の中では、いちばんすんなりと飲み込めた今作でした。それも、原作プラス樹木希林あってのようなものでしょう。笑 出だしの、『ザ・トライブ』を思わせるかのようななめらかな、主人公扮するどら焼き屋店長・永瀬正敏さんの背中追いは、邦画的ではないなと感じました。その他、個人的に電線越しに満開の桜、さらに遠くには夕日と言ったインサートが人物三人を表しているかのようで、良かったです。
投稿: さかた | 2015年8月12日 (水) 00時15分