« 『愛を積むひと』に考える | トップページ | ささいな話:その(2) »

2015年4月22日 (水)

石田尚志展の深さ

私はいちおう映画を教えているし、美術はかつて仕事としていたので、この二つはそれなりにくわしい。ところが(あるいはそのせいか)映像を使った現代美術作品に対しては、おおむね否定的だ。多くの場合、この程度のコンセプトと技術で現代アートは通用するのか、と驚く。

しかしながら、横浜美術館で5月31日まで開催中の「石田尚志 渦まく光」展は、相当におもしろかった。ウィリアム・ケントリッジやピピロッティ・リスト、オラファー・エリアソン、束芋など、私の好きな数少ない映像を使った現代美術作家のリストに加えたいと思った。

石田の映像が個性的なのは、描くという行為が根底にあるから。膨大な数のスケッチをコマ撮りした映像をもとにしたものがほとんど。作家が人前で絵を描くパフォーマンスをしている映像もあったけれど、そのライブ感覚が彼の映像を支えている。

その映像は、絵巻物のように模様が無限に続くものもある。永遠に続く海の波もある。あるいは窓や部屋やスクリーンや画布といった長方形の形を執拗に追い続けるものもある。さらには映写機そのものを写し続けるものさえある。

描くということ、見るということ、映すということ、その根源を問い続けると同時に、2次元、3次元の平面や空間そのものを揺るがせる。

そのうえ、黒や青や赤で描かれた抽象的な模様はミニマルなのにどこか叙情的で美しい。部屋の中で一人で過ごす孤独の狂気を、これほど豊かに描き出した映像があっただろうか。そこにバッハなどの音楽が加わると、思わず時間を忘れてしまう。

世界と対峙して描き続ける強靭なアーティストの志の高さに、惚れ惚れしてしまった。これまでも彼の作品は東京都写真美術館などで見てきたが、今回の会場は段違いに広いので、いくつもの作品を同じ部屋で同時に見ることができて、これまでになく深い次元の世界が創出されている。

彼の映像作品はGWの「イメージフォーラム・フェスティバル」でも上映されるので、今度は暗闇のスクリーンでも見てみたいと思った。

|

« 『愛を積むひと』に考える | トップページ | ささいな話:その(2) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61473935

この記事へのトラックバック一覧です: 石田尚志展の深さ:

« 『愛を積むひと』に考える | トップページ | ささいな話:その(2) »