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2015年4月 4日 (土)

みちのくからインドの仏へ

昨日書いた転倒騒ぎについては、何人もの方からメールで優しいお言葉をいただいた。ある方からはレントゲンを撮るように言われて、その通りにした。別の方は「転ぶのは、体のどこかからの信号」と書いてくださったが、この言葉を肝に据えてこれからはゆっくり歩こうと思う。

何しろ手首が痛く、指が自由に動かせないので手作業はできない(パソコンは何とか打てる)。しかし幸いにして足は全く大丈夫なので、気分転換も兼ねて出かけることにした。

行ったのは、桜吹雪の散る上野で、東北とインドの仏像を立て続けに見た。明日まで開催の「みちのくの仏像」展と5月17日まで開催の「インドの仏」展で、ともに会場は東京国立博物館。東北とインドを見比べたらおもしろいだろうと単純に考えた。

まず見たのは、「みちのくの仏像」展。東北には「三大薬師」と称されるものがあって、岩手県黒石寺、福島県勝常寺、宮城県双林寺の薬師如来坐像を指すらしい。どれも9世紀に作られたもので、ケヤキ一本から作られた3メートル近い大きな仏象は、素朴だが力強い。

とりわけ、国宝でもある勝常寺のものは、黒い塗料が半分剥げていることもあって、異様な迫力を見せる。そのほか鎌倉時代の仏像から江戸時代の円空のものまで20件ほど。展示は本館1Fの奥の第五室(ダ・ヴィンチの《受胎告知》の場所)なので狭いが、かえって濃密な空間を生み出している。

「インドの仏」展は、珍しく左側の表慶館で展示してある。通常の企画展を開く左奥の平成館の半分くらいの広さか。会場に入って、拍子抜けした。まずすべて小さい。紀元前から14世紀頃まで90点ほどが並んでいるが、仏像というよりは置物に近い。

よく見ると、そこに描かれているのは仏教の教典や釈迦の生涯のようだ。その点ではキリスト教美術に近いかもしれない。日本の仏像が、人間に近い形で理想の人間像を見せるのに比べて、こちらはひたすら華麗な聖人の世界を見せる。

考えてみたら、みちのくの方は木で作られたものがほとんどだが、こちらは玄武岩などの岩。それを巧みに掘って磨き、装飾的な模様を加えながら豪華絢爛な世界を展開する。

たぶん、仏教がインドから中国や朝鮮半島を経て日本に伝播する過程での変容があるのだろうけれど、私はくわしくはわからない。仏教の初歩から学ぶ必要がありそうだ。

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