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2015年4月 8日 (水)

エドワード・ヤンのいた頃

劇場で、エドワード・ヤン監督の『恐怖分子』(1986)デジタル・リマスター版を見た。たぶん、1990年前後に有楽町朝日ホールで何度か開かれた「アジア映画の新しい波」で見て以来ではないか。その少し前から働き始めた私にとって、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンという台湾の監督は、キアロスタミなどのイランの監督たちと共に、新しい映画の希望の星だった。

朝日ホールでの上映はショックだった。その前に池袋の「スタジオ200」で、この監督のホウ・シャオシェン主演の『タイペイ・ストーリー』を見ていたと思うが、それを上回る強烈な印象を残した。

その強度は、今回見ても変わらなかった。暗い室内の窓から見える風景、揺れる白いカーテン、分割して壁に貼られた大きな写真が風に揺れる瞬間、金持ちの青年が持つたくさんのカメラ、白いブラウスを着てサングラスをつけて街頭に立つハーフの娘、聞こえてくるアメリカのポップスなど、出てくる断片がなぜか胸に突き刺さる。

まるでそのすべてが壊れゆくもの、もうなくなってしまうもののような脆弱さと愛おしさを発散させながら、青春の終わり、愛の結末、そして取り返しのつかない人生の敗北感を味わわせる。この映画は1980年代の台北を撮ったはずなのに、その懐かしい雰囲気は明らかに私の少年時代から80年代にかけての日本にあった何かを思い出させる。エドワード・ヤンのいた頃、私もそこにいた。

物語は、2人の女を軸にそこに交差する男たちを描く。ハーフの少女シューアンは、犯罪組織と係りながら美人局で大金を稼ぐが、金持ち青年のシャオチェンは彼女を偶然に写真に撮ってから、気になって追いかける。医師のリーチョンは病院で何とか出世の糸口を探すが、妻で小説家のイーフェンは幼馴染みと再会する。シューアンがかけたいたずら電話で、この2人の女がつながる。

すべてのショットに映画そのものの呼吸が息づいている。建物や服装や街頭の赤や緑や白や黄や青が、妙に抽象的に見えて浮かぶあがる。医師の友人の警察官のような脇役さえも、まるでB級映画そのもののいい感じで出てくる。映画の天才が作った映画とはこのことだ。

ヤン監督とは2度会った。91年の東京国際映画祭に審査員として来ていた時、フランスの評論家ジャン・ドゥーシェ氏や蓮實重彦さんと一緒に会った。控えめな悪戯っぽい笑顔が印象的だった。翌年のロカルノでも審査員として来ていた。パーティで挨拶をしたら、「覚えているよ」と小さな声で言ってくれた。ヴェスコンティ城で行われたそのパーティは招待状に「Formal」と書かれていたので、慌てて直前にスーパーでネクタイを買った記憶がある。

その次にメールで連絡したのは、2003年の小津生誕百年記念シンポの時。最初は参加の意思を示してくれたが、連絡が途絶えてだいぶたってスタッフから病気が重いので欠席するという連絡が来た。そして2007年に亡くなった。またノスタルジアになってきたので、今日はこのあたりでおしまい。

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