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2015年5月 5日 (火)

15回目のイタリア映画祭:その(4)

フランス映画もそうだが、戦後のイタリア映画には明らかに二つの方向があった。つまり、ロッセリーニらのネオリアレズモを引き継ぐ作家の映画と、物語の楽しみを基本においた娯楽映画と。ところが、これまたフランスでもそうだが、最近はその中間の映画が増えた。

フェルザン・オズペテクやパオロ・ヴィルズィらがその中間の流れを代表する監督だろう。コメディの名手、ヴィルズィの新作『人間の値打ち』は、不動産業で苦しみながら金融投資で一獲千金を狙うディーノとそれを利用する裕福な金融コンサルタントのジョヴァンニを中心に、2つの家族を描く。

うまいのは、ある夜の事件を3章に分けて、ディーノ、ジョヴァンニの妻のカルラ、ディーノの娘のセレーナの3人の視点から語っていることだ。ガス・ヴァン・サントの『エレファント』の手法で、『桐島、部活やめるってよ』などでも使われているが、視点によって新しい事実が次々に出てくる過程がスリリング。

それぞれの欲望があらわになり、最後は一応ハッピー・エンドなのにどす黒いいやな感じが残る。ディーノを演じるファブリツィオ・ベンティヴォッリオ、その妻役のヴァレリア・ゴリーノ、ジョヴァンニ役のファブリツィオ・ジフォーニ、その妻役のヴァレリア・ブルーニ=テデスキといった名優たちを的確に統率してゆく演出も、人々の間を華麗に巡るカメラも見事だった。これは劇場公開できるだろう。

ネオリアリズモの流れを継ぐ映画として今回の映画祭だと『神の恩寵』と『スイミング・プール』が挙げられるだろう。『神の恩寵』は2001年に『血の記憶』で我々を驚かせたエドアルド・ウィンスピア監督の新作で、南イタリアの3世代の4人の女の生き方を淡々と描く。中心となるアデーレは娘と暮らしているが、夫が経営する工場が倒産し、夫は出稼ぎに出て彼女は自宅や工場を売って母のもとに身を寄せる。

アデーレと母と妹と娘は、それぞれが自分中心の生き方を歩むが、終盤に近付くと何となく歩み寄ってくる。夫の事件も工場の売却もあまりに簡単に語られるのでドラマチックではないが、見ていると4人の女の存在感とそれを取り囲むイタリアの自然がだんだんと身にせまってくる。劇場公開は難しいだろうが、相当の傑作だ。

『スイミング・プールの少女』はランベルト・サンフェリーチェ監督のデビュー作で、シンクロナイズド・スイミングのプロを目指していた少女が、母の死をきっかけに田舎に送られる話。説明を省いて淡々と映像で見せてゆくタイプで、全体に圧迫感が漂う。

最後に少女が仲間が練習するオスティアのプールに戻ってくるが、そこから海岸に向かうシーンが印象的だ。有名な俳優もいないし重苦しい内容だが、映像だけで語る力があるので今後に十分期待できる監督だろう。

今回は昨秋にベネチアで見た『レオパルディ』と『黒い魂』及び劇場公開の決まっている『ワンダーズ』と『カプチーノはお熱いうちに』を除くとすべて見たことになる。たまたま日程が合ったからだが、全体としてはなかなか見応えがあったのではないか。

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