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2015年5月 4日 (月)

上野千鶴子のアナーキー

私がその言動をおおむね信用している一人に上野千鶴子がいる。彼女の本を全部読んだわけではないが、最近のものはインタビューでもエッセーでもだいたい納得する。最近朝日新聞の夕刊に「人生の贈りもの 私の半生」という連載シリーズに彼女が出ていて、これが抜群におもしろい。

全11回でもうすぐ終わるけれど毎回驚きがあり、とりわけ第8回にはびっくりした。「結婚しているフェミニストは信用しない、とも書いていますね」という質問に対して、「自分の性的自由を放棄する契約関係に自ら入り、契約を破ったら相手を非難する権利を持つなんて信じられない。全く理解できない人間関係ね」と答えている。

これはほとんど社会を敵に回すような発言だろう。一度も結婚していない生涯未婚率は約1割のはずなので、9割は結婚経験者である。しかしながら、離婚した人は多いし、離婚したいができない人も多いだろう。そうした人々を入れてゆくと、「結婚」という制度に満足している人は半分もいないかもしれない。

「いまは「おひとりさま」なのですか」という質問に対しては、「長期に継続している関係なら、ありますよ。でも永続するというお約束は誰にもしてない」。これは怖い話である。また「来年生きているかな、どこにいるかな、いまいる男とまだ一緒かなというその日暮らしよ」とも言う。

「期間限定で、その都度「いま」を生きる人生なのですね」と言われて、「ああ、なるほどね。私は何かを始めるときはプロジェクト方式で解散を念頭においたチーム作りをしてきたの。期間を区切り、運命共同体は作らない」。そして「同窓会などにも行かないのですか」と聞かれて、「一切行かない。興味もない。だって何十年も会わなかった人といまさら何をしゃべるの?」

いやはやカッコいい。というより、これを言えるには、相当に自分が強くないとダメだろう。自分で十分に稼いで、かつそのやっていることに自信があって、かつ他人への優しさと厳しさがないと、ここまで自由になれない。私のような凡人は、「結婚はしたけれど」と日々右往左往するくらいが関の山だろう。

この人の根底にはアナーキーがある。それはたぶん学生運動の時代に築かれたもののようだというのが、このロングインタビューを読むとわかる。

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