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2015年5月 9日 (土)

『寄生獣 完結編』に退屈する

前篇を見てそれなりにおもしろかったし、山崎貴監督だしと思って完結編を見に行った。ところがこれが退屈だった。やたらに田宮(深津絵里)や後藤(浅野忠信)などの芝居がかったセリフが多く、何だか説教臭かった。

ふと考えてみたら、山崎貴監督の映画はこれまでも「生きるとは」「人生とは」といったどこか説教めいたところがあった。『永遠の〇』はその最たるものだったが、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズにも、『STAND BY ME どらえもん』にも、「生きるとはすばらしい」という類のセリフがあった。

山崎監督の演出は、いい役者にそれぞれの存在感たっぷりに演じさせるし、音楽もたっぷり使って盛り上げるので、見ているとその気になる。今回だと、主人公の染谷将太のちょっとずれたまじめさや深津絵里の意志の強さや浅野忠信の強靭さなどが、見事なアンサンブルをなしている。とりわけ終盤の浅野の活躍ぶりは惚れ惚れする。

それにしても、警察は見事な活躍をし、特殊部隊はきちんとその役割を果たすのがどこか嫌な感じがしたし、それ以上に人間は傲慢な存在で世界を乱しているといったセカイ系的な発想がくだらないと思った。今後の世界を象徴するような染谷と橋本愛の恋愛もセカイ系的だが、この部分は映画のなかで一番リアリティがない。彼らのとってつけたような初体験には開いた口がふさがらなかった。

俳優たちの演出と共に感心したのは、ロケの場所のうまさ。田宮の住むマンションは安藤忠雄設計のものだろうと思ったが、パンフを見たらその通り。そのほか東福山市役所は堺市役所、市民会議室は彦根市、動物園は北九州市など、ドラマがぴったり収まる空間が選ばれている。

「人生を考えさせて泣かせる」という山崎貴監督の手法は、数々の大ヒットを生んだのでこれからも続くのだろうが、できたら監督が脚本に係らない形の全く別の物語を演出して欲しいと個人的には思う。

前篇が興収20億円で今回は15億くらいのようが、その半分ほどしか入っていない『ソロモンの偽証』の方が好きだ。いずれにしてもこうした2部作は、金儲けのために映画作りそのものを歪めている感じがするので、続けて欲しくない。

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