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2015年5月 6日 (水)

『インヒアレント・ヴァイス』の眩暈

「難しい映画」というものがある。物語が複雑だとか、語り方が丁寧でないなどいろいろな要因があるが、大半は映画をたくさん見て慣れればわかるようになる。ところが現在劇場で公開中のポール・トーマス・アンダーソンの『インヒアレント・ヴァイス』は、本質的に難しい映画だろう。

そこにあるのは、ある種の世界の崩壊のような物語だ。舞台は1970年のロサンジェルスで、私立探偵のドック(ホアキン・フェニックス)は元恋人の依頼を受けて、不動産王の調査を始める。彼は刑事のビッグフット(ジュシュ・ブローリン)に出会い、結果として2人で巨大組織の陰謀に挑むことになる。

ドックの奇妙奇天烈な旅は、どこまでが現実でどこからが夢かわからない。かつてのフィルム・ノワールが1970年前後のカウンターカルチャー文化に溶け込んで、人間を管理しようとする資本主義や国家の謎に挑む感じといったらいいのか。映画的な記憶があちこちに感じられるのに、それが無に帰してしまうように、物語が裏切り続ける。何より主人公のドックのいい加減さが心地よい。

アメリカのカルト的な人気を誇る作家、トマス・ピンチョンが原作というが、私は彼の小説を読んだことがない。前から気になる作家だったが。ピンチョンを訳している佐藤良明氏がパンフレットに「あんなにラリラリの小説を忠実に再生して破綻しない。ピンチョンのギャハハ感も、ヘンテコキャラへの愛着も、監督、スタッフ、キャスト総出で再現している」と書いている。小説の世界がうまく再現されているようだ。

確かにホアキン・フェニックスやジョシュ・ブローリン以外にも、ドックの元恋人役のキャサリン・ウォーターストン、今の恋人で検事補のリース・ウィザースプーン、スパイ役のオーウェン・ウィルソンやドックの弁護士役のベニチオ・デル・トロ、麻薬中毒の歯科医役のマーティン・ショート等々、名優たちがみんなヘンテコな役で次々に出てくる。

全体に70年前後の反体制文化へのノスタルジアが漂う。ゴジラへの言及もあるし、刑事がなぜか日本人の経営するカフェで「ぱんけーき、もっと!」と日本語で注文するシーンまである。まだ日本がエキゾチックだった時代の記憶なのだろうか。

もう一度見たいと思う。この監督の前作『ザ・マスター』も2度見たし。しかし今回の映画は2度見ても、『ザ・マスター』以上にわかりにくいだろう。わからないからおもしろい、本物の難しい映画だから。

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コメント

私、5/4以来4回観ました。映画館に同じ映画を2回以上観に行ったのは、人生初のことです。観るたびに発見と新たな感動があります。
この至福を言葉にするのはあまりに難しく、毎日サントラを聴きながら、最後にもう一度観ようかどうか、悩みはじめています。

投稿: めい | 2015年5月24日 (日) 11時55分

PTAは『ゼア・ウィルー・ビー・ブラッド』以降作家としての円熟味が増しつつあります。
今回の『インヒアレント・ヴァイス』はあれだけボリュームのある原作をよく2時間半にまとめたなという驚きがありました。
そろそろ『マグノリア』『ブギーナイツ』のような群像劇を再び撮ってほしいというファンのわがままもあるのですが…

投稿: いとう | 2015年5月31日 (日) 21時42分

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6日のことですが、映画「インヒアレント・ヴァイス」を鑑賞しました。 1970年代初頭のロサンゼルス マリファナ中毒のヒッピー探偵ドックの元に以前付き合っていたシャスタが訪ねてくる。 彼女が愛人をしている不動産王の悪だくみを暴いてほしいと依頼されたドックだっ...... [続きを読む]

受信: 2015年5月19日 (火) 19時59分

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