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2015年5月17日 (日)

原武史著『皇居前広場』を読みながら

原武史もまた、その著書がいつも気になる書き手だ。『滝山コミューン1974』は、1970年代の郊外団地の活動に息を飲んだし、講談社の『本』の鉄道をめぐるエッセーはいつも楽しみに読む。最近買ったのは『完本 皇居前広場』。

もともと皇居前広場は奇妙な場所だ。あんなに広いのに、二重橋前がはとバスの記念写真用に使われるだけで、ほとんど役にたっていない。この場所を「何々をしてはいけないという打ち消しのマイナスガスが立ち込めている」と建築史家の藤村照信が書いていることは、この本で知った。

これで思い出すのは、ロラン・バルトの「東京の中心は空虚である」という言葉だ。普通、首都には中心となる広場がある。ワシントンの連邦議会議事堂前広場とか、ロンドンのトラフィルガー広場とか、パリのコンコルド広場とか北京の天安門広場とか。政治的な儀式も開かれるが、集会やデモなど一般にも開かれた広場だ。

ところが皇居前広場では何も行われない。普通に人が集まってはならないような、まさに「打消しのマイナスガス」が立ち込めている感じ。このことは私も以前から気になっていた。この本は、明治期に京都御所に代わる皇室の儀式の場所として次第に整理される過程から始めて、現代に至るこの不思議なこの広場の歴史を分析してゆく。

まず第一期は1924(大正13)年までの準備期。この頃は「1923年の関東大震災で広場が罹災民に解放されるなど、まだ「聖なる空間」とはなっていなかった」。第二期は1924年の東京市による「皇太子成婚奉祝会」に始まる。28年の昭和大礼を機に、記念式典、観兵式など「天皇を主体とする多様な儀式が頻繁に行われることで、広場は完全な「聖なる空間」となる」

第三期は1945年8月15日から1952年まで。つまり、占領軍のパレードや左翼勢力のデモのほか皇族の一般参賀も始まった混乱期。第四期は独立後に占領軍や左翼が去った後、集会や行事がほとんどなくなり、天皇が広場に全く姿を見せない「空白期」にいる。

現代は第五期で、1986年の昭和天皇即位60年式典以降、皇族の儀式が急に増えたという。特に90年の即位祝賀会以降、即位10周年とか20周年とかやたらに増える。10周年では政財界人のほか、安室奈美恵、GRAY、YOSHIKIなどがステージに立ったという。この儀式は1940年の「紀元二千六百年式典」に似ていたという。

この本は別に、日本が再び戦争への道を歩んでいるとかを主張してはいない。しかし今の政治を見ているとそれが気になるのは事実。もっとみんなが使えるようにならないものか。この本を簡単にまとめたが、興味深い細部に満ちているので、ご一読を。

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