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2015年5月30日 (土)

ボッティチェルリが文化村に来るなんて

渋谷の東急文化村のザ・ミュージアムはいつも興味深い展覧会をやってはいるけれど、国立や公立の美術館に比べると、どこか格下に見える。百貨店とつながっているから、何となくデパートの催事場みたいに見えるし(実際の系列は東急電鉄)、なにより映画館と劇場とレストランがつながったお洒落な場所だから。

そんなところに15世紀のボッティチェルリを始めとしたルネサンスのテンペラ画が大挙して来ている。6月28日まで開かれている「ボッティチェルリとルネサンス」展には、工房作を含めるとボッティチェルリが何と17点もある。

もともと板にテンペラで描かれたルネサンス期の板絵は、傷つきやすいので昔は日本には来なかった。それが最近どんどん来るようになったのは、日本のお金欲しさかあるいは輸送や展示技術の進歩かわからない。いずれにしても本物のボッティチェルリをこれだけまとめて見るには、イタリアに行っても何都市も回らないと難しい。

この展覧会はイタリアのみならず、フランスやアメリカからも数点出ている。これはとても日本人だけの交渉では無理なはずだが、どのような経緯か聞いてみたい。

さて、今回のボッティチェルリの一番の目玉は《聖母子と洗礼者ヨハネ》だろう。何といってもバラ園を背景にしているので明るく楽しい。イエスの寝ている下にまで赤いバラが広がっている。イエスは厩で生まれたはずだが、これがバラ園というのがルネサンスらしい。

聖母マリアの着ている青のガウンも明るい色だし、表情も若々しい。ほかのボッティチェルリに出てくるマリアもそうだが、何だか今のイタリアにいる20歳前後の娘さんみたいで微笑ましい気分になる。遠くの風景もリアル。この写実性がルネサンスということか。HPを見ていたら、この絵は既に展示が終了していた。そのほかにも、ボッティチェルリの躍動するような聖母子像が何点もあって、イタリアのルネサンスはまさにこれだという感じ。

展覧会は冒頭に金貨がいくつも展示してあったり、鍵や貴重品入れなどの当時の銀行にまつわる展示物がある。ルネサンスを支えたメディチ家を始めとする裕福な銀行家や両替商にまつわるもので、美術がお金と結びついていることをきっちりと見せている。彼等の鏡や櫛、水差し、短剣などまである。

面白いのは《高利貸し》という絵で、夫がノートに経理をつけている横で、お金を勘定している妻が指示を出している図。この類は当時流行だったらしく、ルーヴル美術館展でも似たような構図を見た。

金融が世界を支配するのは、ルネサンス時代からだったのだと改めて痛感する。これはたぶん現代まで続いている。

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