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2015年6月27日 (土)

明日終わる展覧会から

絶対に見たい展覧会は始まってすぐに行くが、そうでない場合は近くにほかの用事で行く時に見る。そんな感じで見た、明日が最終日の展覧会3つについて書いておきたい。

初台の東京オペラシティアートギャラリーの「高橋コレクション展 ミラー・ニューロン」は、日本の現代美術のコレクターとして知られる精神科医の高橋龍太郎氏の所蔵品を並べたもの。村上隆、奈良美智、会田誠、名和晃平、舟越桂といった、私でもほぼ全員知っている90年代以降の人気作家たちの作品が並んでいる。

かつて高橋コレクションの一部をどこかの画廊で見た時はすごいと思ったが、いわゆる美術館で見るとあまり面白くないことに気がついた。当たり前だが、個人で買っているので、小ぶりな作品が多い。1点、1点を厳選して買っているのでそれぞれの作品は特徴のはっきりした魅力的なものだが、同じ作家の数点を並べても似た印象を受ける。

何より、どれを見ても既視感が強く、驚きがなかった。個人コレクションは、そのまま美術館の展示には向かないことがよくわかった。常設展の寺田コレクションは同じ個人コレクションでも作家数が4人と少なかったこともあって、まだ見応えがあった。とりわけ岡田伊登子の《那智の滝》などの日本画は興味深い。その後の富田直樹のミニ個展は、油絵具を分厚く塗ったタッチで写真のような風景を描く手法がおもしろかった。

東京都現代美術館の「他人の時間」展は、題名から想像がつくように、最近の都現美らしいカッコだけつけた困ったグループ展だった。アジア、オセアニアの4人のキューレーターが選んだ作品が並んでいたが、ピンと来るものが一つもない。私の感覚に合わない学芸員が増えているのは、世界的傾向だということがよくわかる。

同じ美術館の「山口小夜子展」は、いいも悪いも時代の証言のような展覧会だった。70年代にパリに登場した高田賢三や山本寛斎らのデザイナーが日本のエキゾチズムを表現するのにぴったりのイコンとして使ったのは、今になって見るとよくわかる。そしてそれを逆輸入した資生堂の広告もしかり。

彼女が演劇やパフォーマンスなどの分野でこれほど活躍していたとは知らなかった。凝った展示デザインと共に、一見の価値はある。

常設展ものぞいたが、「コレクション・ビカミング」と題した、コレクションの成り立ちを見せるというテーマは、頭でっかちでいまひとつピンと来ない。常設展なのだから、せめて半分のスペースは普通に戦後美術の展開を見せて欲しいと思う。私にとって、都現美はどんどん遠い存在になってゆく。

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