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2015年6月11日 (木)

ヴェンダースの『セバスチャン・サルガド』に酔う

昔、竹橋の近代美術館や東急文化村でセバスチャン・サルガドの個展を何度か見た。一度は企画を手伝って、来日した本人とも話したこともある。正直に言うと、当時はどこか違和感があった。

よく言われることだが、ルワンダの大殺戮のような悲劇をあんなに美しい光と影に仕上げていいのか、というものだ。まして8月1日公開の『セバスチャン・サルガド』は、ピナ・バウシュなどを映画にしているヴェンダースが撮ったという。どこか引いていた。

けれど見に行ったのは、試写状が3通も来たこともあるが、四方田犬彦さんが絶賛しているという話を人づてに聞いたから。皮肉屋の彼ならいかにも批判しそうなのに。

前置きが長くなったが、実際に見てみるとその映像に酔ってしまった。うまい。ヴェンダース得意のセレブ芸術家シリーズだが、キューバ音楽やピナ・バウシュと違って、サルガドの写真には音楽も声も動く魅力的なビジュアルもない。静止した白黒の画面のみ。

ヴェンダースはそれを映画の画面いっぱいに広げて見せる。トリミングもフォーカスもないから、左右や上下に黒味が残る。その写真の合間に、サルガドが黒を背景に正面を向いてフランス語で語る。あるいはヴェンダースの英語も時おり入る。遠くに小さな音楽が聞こえる。

まるで紙芝居か幻灯を見ているようだが、あえて要素を最小限に絞ったやりかたが、サルガドの写真の魅力を最大限に引き出している。ブラジルの炭鉱に始まって世界中の働く人々。スーダンやナイジェリアやルワンダの虐殺。世界中の難民や亡命する人々。そしてブラジルの自然。

途中からカラーの動く映像も混じり、サルガドの両親や妻や子供も出てくる。あるいはサルガドがヴェンダースと話す場面もある。画面がだんだん和らいだ頃に、ブラジルの森林を守る運動を始めたサルガド夫妻の映像が出てくる。そういえば、監督はヴェンダースに加えてサルガドの息子、ジュリアーノ・リベイロ・サルガドの連名で、息子の言葉も出てくる。

そして世界の生の自然を撮るようになったサルガドを見せて、映画は終わる。地球賛歌みたいな終わり方でちょっと疑問は残るけれど、何とも心地よい時間を過ごした。

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