« 転機かもしれない | トップページ | 『サイの季節』の象徴性 »

2015年6月15日 (月)

『ビリギャル』に軽く泣く

土井裕泰監督の『ビリギャル』がいいという話を日活のTさんやリトルモアのSさんから聞いたので、劇場に見に行った。この監督の映画は『いま、会いに行きます』や『涙そうそう』などあるが、「泣く映画」の代表のように見えたので、これまで見ていなかった。

確かに『ビリギャル』も泣く映画だった。しかしその演出は思いのほか繊細だし、てらいのようなものが一切ない。語りが極めて平明で、内容そのものにするりと入っていける。

物語は、副題の「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に合格した話」ですべて語られている。つまり見る前から主人公が最終的に慶応に合格することがわかっているわけで、あとは感動のラストシーンへ向けて進むだけかと思っていた。

ところがその過程のひとつひとつがきちんと描かれているので、笑いながら心が温まってゆく仕組みになっている。冒頭は男性の声で始まる。さやかの幼少期から語ってゆき、高校2年生で成績が最悪となり、塾に通って声の主である坪田先生に出会うまでを語る。

ありがちな話だと思うけれど、私立女子中学から大学までエスカレーター式に上がれる仕組みだと、偏差値30、へそ出し、ミニスカ、派手メイクのトンデモギャルもできるだろうなと思うくらい自然に見える。有村架純演じるさやかに対して全く嫌な感じが起きない。

そのうえ、坪田先生役の伊藤淳史がうまい。さやかが聖徳太子を「せいとくたこ」と読んでも全く怒らず、笑いながら「漫画日本史」を渡す。さやかは先生にそそのかされて、突然慶応大学に行くと宣言して周囲を驚かせる。そして彼女を支える母親役の吉田羊は、いわば「日本の母」的な大きさで泣かせてくれる。

合格シーンをさりげなく描いているのもいい。その前の模試のC判定(合格率50%)の方にむしろ泣く場面を持ってきているのがうまい。友人たちとカラオケをした後の夜明けの風景や、塾で知り合った男の子との川べりでのデートなどロケ地の選び方もいい。

私の横にいた主婦2人組は中盤からずっと泣いていた。たぶん自分の子育てを思い出していたのだろう。私は一応教師なので坪田先生の生き方を見ながら、ちょっと反省した。彼はさやかの高校の担任に対して「ダメな生徒などいない。ダメな指導者がいるだけです」と言うのだから。

映画の予告編を見た時、これは誰が見るのだろうと私は思った。だが、興収は20億円行くという。やはりまっとうな映画の力だろう。

|

« 転機かもしれない | トップページ | 『サイの季節』の象徴性 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61730702

この記事へのトラックバック一覧です: 『ビリギャル』に軽く泣く:

« 転機かもしれない | トップページ | 『サイの季節』の象徴性 »