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2015年7月24日 (金)

『わたしに会うまでの1600キロ』の巧みさ

ジャン=マルク・ヴァレ監督は『ダラス・バイヤーズクラブ』が痛快だったが、8月28日公開の『わたしに会うまでの1600キロ』は見るのを躊躇していた。3ヶ月かけて1600キロを踏破した女性の話というのが、どうも苦手な感じがした。

それでも宣伝を担当している友人におもしろいからと言われて、見に行った。結果としては、『ダラス・バイヤーズクラブ』ほどではないにしても、かなり楽しんだ。

冒頭に、山の上でブーツを脱ごうとして片方を崖から落としてしまって嘆くシーンがある。足は血だらけで、何とも痛々しい。それから題名(原題は"Wild")が出て、山歩きを始める女性が出てくる。最初は大きなリュックを背負って歩くのさえ怪しい感じ。

すると間もなく回想シーンで母親が出てくる。そうか、山歩きをしながら自分のこれまでを振り返る映画かとわかって、ちょっと興ざめになった。

ところが見ているとだんだん乗ってくる。彼女が挑戦するのは、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)という、メキシコからカナダへ連なる山脈を踏破する道のり。猛暑もあれば大雪もある山の中をひたすら歩く。同じように歩く仲間と出会ってアドバイスを受けたり、女性の仲間と出会ってホッとしたり。女性ゆえに、多くの男性がからんでくる。

うまいのはそれらの心温まったり、ドキドキしたりするエピソードが長続きせずに、すぐに歩く日々に移ってゆくことだ。挿入される過去の回想も同じ。小さい頃の母親と弟の様子、アル中の父親、母が大事にしていた馬が死んだこと、母の病気、自らの結婚と離婚などが目まぐるしく挟み込まれる。もっと見たいと思うと、また歩いている。

最初はぶつ切りのような編集がわずらわしく感じるが、それが主人公のこれまでの人生をパズルを組み立てるように見せていることがわかってくる。そして彼女が書く日記(たぶん原作からの引用)や、彼女がPCTの途中に置いてある雑記帳に書く言葉がナレーションのように響く。母がよく口ずさんだ「コンドルは飛んでゆく」を始めとして、挟み込まれる音楽も絶妙。

とにかく脚本と編集の巧みさに唸った。何げない根性もののように見えて、考えつくされた映画だろう。主人公役のリース・ウィザースプーンがだんだん魅力的に見えて来るし、母親役のローラ・ダーンがまさにはまり役だ。

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