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2015年7月31日 (金)

ズビャギンツェフの新境地

今年の正月明けに『エレナの戸惑い』と『ヴェラの祈り』を立つ続けに見たので、アンドレイ・ズビャギンツェフという読みにくいロシアの監督の名前をようやく覚えた。彼の新作でカンヌで脚本賞を取った10月31日公開の『裁かれるのは善人のみ』を見た。

これまでの彼の映画に比べると、ずいぶんドラマチックで社会性もあり、さらに喜劇的な要素も含んだ作品で、新境地と言えるのではないか。

ロシアの荒涼とした小さな町。コーリャは自動車修理をしながら、亡妻との息子と若い妻リリアと暮らす。強欲な市長は権力を使って彼の土地を奪おうとする。コーリャが雇った弁護士は市長の悪事を暴き、コーリャは戦いに勝ちそうになる。

出だしは暗澹たる街の光景が続き、何となくうまくいっていない3人の親子が映し出される。ここまではいかにもこの監督らしい。ところが実にインチキ臭い裁判の判決があってコーリャは土地を安くたたかれることになり、その日の夜に強欲な感じの市長がコーリャの家に酔って現れるあたりから、映画は明らかにシニカルな社会性を強めてゆく。

そのうえ、友人の弁護士は市長の悪事をばらす秘密を握っており、コーリャは何倍もの賠償金を手にしそうになるが、市長は暴力を使ってすべてを押さえようとする。そこで露呈する別の真実。

いやはやドラマチックで、次に何が起きるか想像できないほど奇想天外な展開だ。ラストにもたまげた。しかしながらいつもながらの抑制の効いた演出で、暴力や不倫の肝心の場面は見せずに、「その結果」だけを見せる。不倫の後にリリアがベッドの横に座るシーンがたまらない。

コーリャの家は大きな川のそばの高台にある。川岸には廃船や大きな恐竜の骨のようなものが目につく。一度リリアが川の中にいる大きな鯨を見るから、それは鯨か。そして終盤、冬になるとすべてが凍りつく。

ホン・サンスではないが、とにかくみんな酒を飲む。コーリャが友人たちと家族連れでピクニックに行くシーンなんて、男女ともに紙コップになみなみと注いだウォッカをどんどん空ける。銃を撃って遊ぶが、その標的にブレジネフやゴルバチョフの肖像写真があったのがおかしかった。

ラストのいくつかの強烈なシーンの連続に、フィリップ・グラスの音楽が重なって心をわしづかみにされた。見終わって、これは強烈なプーチン批判かもしれないと考えた。やはり新境地だろう。この監督も亡命するのだろうか。

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コメント

「裁かれるは善人のみ」。首を長くして、封切りを待ってます。ズビャギンツェフ監督の「父、帰る」「ヴェラの祈り」「エレナの惑い」。どれも、出来事を匂わすような雰囲気づくりが好きです。音楽も期待します!ちなみに、タイトルは、原題「リヴァイアサン」の方がスッキリした感はありますが。。。でも、ドキュメンタリーとかぶっちゃいますよね笑

投稿: さかた | 2015年8月10日 (月) 02時59分

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