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2015年7月11日 (土)

さすが瀬々監督

いまだに『ヘヴンズ ストーリー』(2010)が21世紀の日本映画で一番好きな私は、瀬々敬久監督の映画が公開されると見たくなる。『ストレイヤーズクロニクル』の予告編を見ておもしろそうだと思ったが、監督名が出てなかったように思う。ともあれ、ようやく劇場で見た。

映画は、1990年代初頭に誕生した2組の特殊な子供たちの現在を語る。1組は親の脳内に極端なストレスをかけて生まれた「スバル」と呼ばれる子供たちで、もう1組は遺伝子操作によって生まれた「アゲハ」と呼ばれる子供たち。

それぞれ超能力を持つが、「スバル」たちはある時に精神が「破綻」し、「アゲハ」たちは20歳前後までしか生きられない。その2組はお互いを知らなかったが、あるきっかけで知りあうことに。スバルは岡田将生演じる昴を中心に6人、アゲハは車椅子に乗った学(染谷将太)を囲む6人。

そこにその計画を進めた議員や科学者、あるいは彼らの命令を受けた警察なども加わって、近未来のアクションが展開する。といっても、どこかピンと来ない。「恐るべき子供たち」を作り出した権力者たちの意図が見えず、誰が何に対して戦うのかが伝わってこない。原作の同名小説もそうなのかどうか。

それでも未来のない若者たちの超能力を駆使した殺し合いは、何とも痛ましい。人間存在の根源的な悪を感じさせる集団劇は、「ヘヴンズ ストーリー」をも思わせる。とりわけ廃墟を舞台にした対決のシーンを見てそう思った。そのほか、ボウリング場とか、街に流れる川をボートで行くシーンとか、ウィルスが拡散する大きな公園とか、どこもロケ地が抜群に魅力的なのは瀬々監督ならでは。

見ながら、カズオ・イシグロの小説を映画化した『わたしを離さないで』を思い出した。未来のない若者たちの切なさにどこか共通するものがある。出てくる若者たちが極めて現代的だったせいか、見終わってエレベーターで待つ大学生3人を見た時に、まるで映画の登場人物のように見えた。

今の若者の未来のない状況は、ひょっとするとこの映画の登場人物たちとあまり変わらないのかもしれないと思った。どんな映画も人間の集団終末図にしてしまう瀬々監督はさすがだと思う。

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