« 夏のサラリーマンの姿 | トップページ | ズビャギンツェフの新境地 »

2015年7月30日 (木)

田能村竹田の幸福感

田能村竹田という文人画家の名前は聞いたことがあったが、まとめて見たことはなかった。18年ぶりの個展が出光美術館で8月2日(日)まで開催というので、慌てて出かけた。江戸後半、文化・文政の時代の掛け軸が、70点ほど並んでいる。

もちろんお手本は中国の山水画で、縦長の掛け軸に、木や山や谷を描き、その一部にひっそりと生きる人々を描く。よく注意して見ないとどこに人がいるかわからないほど。この展覧会がおもしろいのは、主要作品のガラスケースに部分の拡大写真を加えていること。多くは人が暮らしている様子で、これを見るといかに幸せそうかが伝わってくる。

文人画だから、絵には上の方に達筆の漢文がある。残念ながら全く読めない。ガラスケースにはその漢文書き下しに加えて、現代日本語訳もあるという、実に親切な展示。それを読むと、どこの誰を訪ねてどこの山を見ながら中国の何とかという画家について語った云々と書いている。

どうも全国各地を歩きながら描いた(+書いた)ようだ。途中にあった年表によれば、豊後武田(大分)の藩医の家に生まれ、家を継がずに文芸の道をめざし、文人画家として名をなしたという。とにかく毎年どこかに出かけては、豊後に帰ってきている。

親の金が十分にあったのか、誰かが絵を定期的に買ってくれたのか。少なくとも注文された作品ではなさそうだ。一度も行ったことのない中国に憧れながら、日本中を歩いてその風景を中国のように描くなんて、幸せの極みではないか。

後半には、同じ文人画の池大雅や与謝蕪村、浦上玉堂などの絵もあった。こちらもすばらしい。考えてみたらこの時代は、浮世絵が全盛で北斎、写楽、広重などが活躍しているし、琳派だと抱一や基一がいて、若冲や蕭白のような破格の画家もいる。

江戸時代は本当に豊かな時代だったのではないか。現代は美術館もあって文化的に見えるが、それはうわべだけだろう。「朝日」の朝刊に高橋源一郎さんが東京都現代美術館の会田誠問題について書いているが、なんとも暗澹たる気分になる。ちなみに問題の作品は今も展示されていて、何と会田さんはほぼ毎日息子と会場にやってきて、作品を作っているようだ。

話はずれたが、田能村竹田を見る浮世離れした幸福感は猛暑に効くと思う。

|

« 夏のサラリーマンの姿 | トップページ | ズビャギンツェフの新境地 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61983804

この記事へのトラックバック一覧です: 田能村竹田の幸福感:

« 夏のサラリーマンの姿 | トップページ | ズビャギンツェフの新境地 »