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2015年7月25日 (土)

「うらめしやー」展!

真夏の納涼に幽霊が結びついたのはいつのことだろうか。そんなことを考えたのは、東京芸大美術館で始まった「うらめしやー 冥途のみやげ」展を見たからだ。うらみがたまって化けて出た足のない女の姿をたくさん見ると、本当にヒヤリとするような怖さがある。

展覧会の中心をなすのは、明治の噺家・三遊亭圓朝のコレクション。圓朝は、怪談を得意とした噺家で、「累ヶ淵後日怪談」や「怪談牡丹燈籠」などが人気だったという。そのために自ら幽霊の絵を集め、高座でも自分の横で見せていたらしい。

チラシには「応挙から松園まで―日本美術史「うらみ」の競演」「幽霊には、妖怪と違い、もともと人間でありながら成仏できずに現世に現れるという特徴があります」と書かれている。「うらめしやー」と出るのは、妖怪ではなく怨念が収まらない元人間=幽霊ということだ。

最初にある伝円山応挙の《幽霊図》はふくよかな女性だが、髪は乱れて足がない。それから後の作品では、女は頬はこけて痩せていて目はうつろ。一番怖いのは川上冬崖の《生首を抱く幽霊》で、男の首を噛みちぎってそれを胸に抱き、おはぐろをつけた口元から血がしたたっている。水墨画だが、男の首と女の口の赤が際立つ。

幽霊はほとんどが女だが、男もあった。伊藤晴雨の《怪談乳房榎図》は、妻を弟子に寝取られ、子供を殺された絵師が、子供を抱えて滝壺に現れるというもの。男でも長髪で髪を振り乱している。

そのほか「錦絵による<うらみ>の系譜」や「<うらみ>が美に変わるとき」という章があって、全国に美術館にある江戸時代から明治にかけての幽霊の絵が並ぶ。歌川国芳や葛飾北斎の色彩豊かな楽しい幽霊図を見ていると、幽霊を楽しむという余裕自体が、江戸時代の文化なのだとつくづく思う。

私はたぶん他人にうらまれるようなことはしていないと思うけれど、それでも怖い。美術館を出て、いきなり女が出てきて首に食いつかれたらどうしようと思いながら、真夏の上野を歩いた。この展覧会は9月13日まで。

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