無印とユニクロの時代:続き
さてある日、私は古着でいっぱいの無印とユニクロの紙袋を両手に持って出かけた。それぞれを回収してリサイクルしてもらうため。まず、無印に着くと、タオルケットを手に取って、レジに行った。何も買わないと悪いと思った次第。
タオルケットの会計を済ませた後に、おもむろに袋を出して小さな声で「リサイクルにお願いします」と言った。すると「すべて無印でしょうか?」「ハイ」「では、確認させていただきます」
そして袋の中のシャツやパジャマを出して、ひとつひとつタグのチェックを始めた。周りのお客さんは何が始まったのかとジロジロと見る。まるで万引き犯みたいだが、出てくるのが黄ばんだシャツや擦り切れたズボンなので、本当に恥ずかしい。一番最後にあちこちが黒くなったTシャツが出てきた時は、レジのお姉さんは明らかに顔をしかめた(気がする)。
「ハイ、すべて大丈夫です」と言われて出てきたが、あまりいい気持はしない。次にスタコラ歩いてユニクロへ。例によって白のTシャツを2枚買ってレジに並んで会計を済ます。そして「あのリサイクル用ですが」とこわごわと聞くと、「すべてユニクロの商品ですね。ありがとうございます!」とチェックなしで笑顔で受け取っておしまい。
これには拍子抜けしてしまった。でも確実にユニクロの方が感じがいい。そもそもほかの商品を持ってくる人なんていないだろう。そんな人は自宅で燃えるゴミで捨てている。何だか悪いことをしたようにチェックするのはどうだろうか。
ところで買ってきたユニクロのTシャツは「スーピマコットン」という綿100%で、何とも肌ざわりがよく、繊細な感じ。これが1000円とはどういうことだろうか。タグを見るとベトナム製と書いてあった。ちなみに無印のタオルケットは中国製。
気になって調べてみたら無印の短パンはカンボジア製。パジャマもカンボジアだった。ユニクロの短パンはバングラデッシュ製。大変なことになっている。より安い工場を求めて、アジアじゅうを走り回っている日本人が大勢いるのだろう。
そういえば去年見たドキュメンタリー『女工哀歌』は、16歳の少女が四川省の田舎の工場でアメリカのウォルマート用のジーンズを作っている話だった。工場の隣の寮に住んで、一日に18時間も働かされていた。アジアじゅうでこんなことが起こっているのだろうかと思うと、「スーピマコットン」の肌触りに喜んでいる自分が急に情けなくなる。
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