« 見る人によってはおもしろい展覧会2つ | トップページ | 『ソ満国境 15歳の夏』の使命感 »

2015年7月 1日 (水)

間違えて見た『貸間あり』

昔から、勘違いが多い。大学に移ってからはアポの数が減ったこともあって、行き当たりばったりでダブルブッキングもザラ。試写の日や場所を間違えることは何度もあり、先日は何と、フィルムセンターで見る映画を間違えた。

見る予定にしていたのは、かなりマイナーなものだったので、客は少ないはずと思って開始直前に着いた。ところがかなり埋まっている。おかしいなと思ってチラシを見たら、川島雄三監督の『貸間あり』(1959)だった。

もちろんDVDも出ている有名な作品が、考えてみたら20年以上は見ていない。スクリーンで見るいい機会だと思って見ることに。私の中では、『幕末太陽伝』は最初に見た時から傑作という印象があり、今は授業でも取り上げる。ところが『貸間あり』の方は、かつて見た時は何だかよくわからない印象があった。

今回見ると、こちらの映画の方がストリーも展開もアナーキー。最後までヘンな人ばかりが出てきて全くとりとめがないうえに、ずいぶんエロチック。よくもこんな企画が東宝で通ったものだと感心してしまう。

フィルムセンターの特集は「逝ける映画人を偲んで 2013-2014」で、この映画は昨年亡くなった桂小金治の追悼という。彼が演じる「洋さん」は、巻きキャベツ(たぶんロールキャベツ)とこんにゃくを作る男で、彼の住む大阪の通天閣の見える長屋が舞台になる。洋さんは「貸間あり」という看板を出すのが大好き。

それに誘われてきたのが、淡島千景演じるユミ子。彼女はそこで陶芸を始める。その長屋には、4ヶ国語を操る代理業の五郎(フランキー堺)を始めとして、3人の愛人を手玉に取るお千代(音羽信子)ほか、浪花千栄子や清川虹子、益田キートン、山茶花究、藤木悠など変人が揃っている。そこに浪人生のミノル(小沢昭一)がやってくる。

最初から最後までみんな早口なうえに場面転換が早くて、てんやわんや。そのうえ、ミノルに乗せられて受験の替玉として九州の大学に行った五郎は、旧友と出会い、別府の温泉の番頭になろうとする。彼のことを好きになったユミ子は別府まで行くが、五郎は逃げる。東京では洋さんが嬉しそうに「貸間あり」の看板を再び掲げながら、「さよならだけが人生さ」とつぶやいて、通天閣を見ながらおしっこをするところで映画は終わる。

何も解決しないままに映画は終わった唖然とする。五郎は東京に戻ってこないばかりか、ユミ子にさえ会えない。ラストの直前に死んだはずのお千代そっくりの女(音羽信子の二役)が部屋を求めて来るのも、意味がわからない。

それでも、フランキー堺演じる器用貧乏で咳ばかりする五郎には、どこか厭世観が漂っていていい感じだし、小沢昭一演じる万年浪人生は、見るたびにおかしい。清川虹子の下着泥棒騒動や、五郎がいつも「あーん」と嘆く色情狂の女の夫に代理セックスを頼まれる場面など全体に下ネタが多いし。一番エロチックなのは、五郎とユミ子の会話に出てくる「今日はツンツン」という言葉かもしれない。

どうでもいいが、ユミ子の前衛陶芸は、八木一夫作のものだったのに驚いた。それから桂小金治さんが歩いているのを、一度溜池で見たことを思い出した。もうひとつ、4ヶ国語を操る器用貧乏の五郎は、とても他人とは思えない。それはともかく、黄金期の日本映画はすばらしい。

|

« 見る人によってはおもしろい展覧会2つ | トップページ | 『ソ満国境 15歳の夏』の使命感 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/61817529

この記事へのトラックバック一覧です: 間違えて見た『貸間あり』:

« 見る人によってはおもしろい展覧会2つ | トップページ | 『ソ満国境 15歳の夏』の使命感 »