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2015年8月 1日 (土)

『首相官邸の前で』の意味

9月2日公開の小熊英二監督『首相官邸の前で』を見た。試写状が届いた時、あの小熊英二の初監督作品というだけで見たいと思った。そのうえ数日前に高橋源一郎が「朝日」でこの映画に触れていたので、すぐにでも見たくなった。

小熊英二と言えば、『1968』を始めとする分厚い本で有名だ。厚いばかりでなく、綿密な調査に基づく新しい歴史認識にいつも圧倒される。そんな彼が反原発運動をめぐるドキュメンタリーを撮ったという。

最初は、なんだ普通のインタビューじゃないかと思った。菅直人元首相に、普通の人々7人が交互に出てきて、原発のことを話し始める。そして原発事故以降に少しずつ街頭デモが広がる映像が挟み込まれる。7人がそこに参加してゆく様子がだんだん見えてくる。

デモ参加者の人数がどんどん多くなるのが映像でわかる。2011年の高円寺で1万5千人からどんどん増えて、9月19日に6万人。そして翌年の6月29日に20万人。この時は募金を集めてヘリで撮影されているので、20万人の迫力が一目で感じられる。

そして活動家たちは菅直人や辻元清美ら政治家と直接交渉し、野田首相に直談判するところまでこぎ着ける。そして首相から2030年までに原発をなくすという宣言が出る。もちろんその直後の12月に民主党は総選挙で負けるけれども、そこまでの歩みは見ていてどんどん盛り上がる。

この映画が新しいのは、8人へのインタビュー以外は、すべてネットで見つけた動画を許可をもらってつなぎ合わせたものだということだ。それでも空撮まであって、きちんとしたドキュメンタリーになっている。これを見れば、大地震後の1年9カ月間の反原発デモの様子がよくわかる重要な「記録」である。

これはネット時代、動画投稿時代の全く新しいドキュメンタリーの手法であり、歴史を映像資料として残すための画期的なやり方だ。こうして編集しなければ、撮られた無数の映像はどこかに消えて行ってしまうから。最後に全国各地のデモの参加者の人数が日付と共に出てきた時に、その「記録」への執念を感じた。

上映後小熊氏が質疑応答に現れたので、私は「この手法はどこから来たのか」と聞いた。すると「自然にそうなったというのが事実でしょう」。また「前半がやや平板だが」と聞くと「わかっているが、外国人や30年後の日本人にはこの説明的部分がないとわからないと思ったから」

30年後の日本人を考えて作ったというところが、歴史学者らしい。こんな映画の作り方があったとは。映画としてどうということはないと言う人もいるかもしれないが、この作品の意味は限りなく大きいと思う。

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コメント

 今日、天空の蜂を見ましたが、やはり、人間がコントロールできないものは動かすべきでははいと、再認識しました。
子孫に、つけを残してまで、自分たちが楽をすべきでは有りません。
原発推進の人は、もし自分の子供が原発で働かなくてはいけなくなったら、どう考えるか、よく考えてほしいものです。

残念ながら、九電が最初に再稼動して、そこから電気を買わざるを得ない状況で悔しいですが、今日の新聞には、
節電と自家発電で、九電から電気を買わない若者が出ていて、希望が持てました。安保法案より早く、イギリスのように
電力買取の自由化を即実現させて意思表示ができる国に、変えて行きましょう!

久しぶりに、メッセージ性のある映画を見て、最後のカットでは、安保法案を問いかけるシーンも有り、良かったです。
安部さんも、”民王”の最終回のように、テレビでの国民投票(もちろん、国勢調査を基にした正しい票で。)を問うべきでした。

映画って、ほんとにいいですねー。(どっかで聞いた?)

木下

投稿: 木下 | 2015年9月23日 (水) 22時17分

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