旅の途中に考えたこと
先週末から母親に会うために、福岡に行った。3月に骨折で入院し、4月に行った時は病院にいたが、今度はその病院が経営している施設に移っていた。前よりずっと元気になって、つえを使って歩いていたので安心。実家に1泊して、月曜朝に新幹線で集中講義をする関西の大学へ。
初めて九州新幹線に乗った。この新幹線は福岡県人にとってはあまり意味がないが、県南の実家からそのまま新幹線で新神戸まで行くのは近かった。そのうえ、木目を使った真新しい客室は心地よかった。
時間を間違えたので、駅からのタクシーの中でコンビニで買ったおにぎりを飲み込んで、そのまま授業を始めることに。考えてみたら、普段は1日に1コマとか2コマしかないので、朝から晩まで授業をすることはない。だから朝から夕方まで授業をすると、本当に疲れた。
ちなみに、人前の講義は普通の仕事より何倍も疲れる。その準備も大変。だから1日に2コマが限度だし、夏休みも長いのだが、今年の7月はほとんどこの準備をしていた。初めての集中講義だから立ち往生したら困ると思って、パワポを丁寧に作り、DVDを見直していた。本やDVDを一杯詰め込んだバッグで福岡に向かった。
5日間の講義は昨日終わって、そのまま東京行きの新幹線に乗った。そこで飲んだビールのおいしかったこと。うまくいったかどうかはわからないが、準備をしただけの反応はあったと思う。いつも何か持っていくのを忘れることが多いが、今回はなかった。学生や助教や事務の方の温かいホスピタリティが、心に残っている。
実は、来週の火曜の夜からベネチアに行く。だから自宅では4泊のみ。今度は海外だから忘れ物は許されない。この数日は、ベネチアには蚊が多いから蚊取り線香や虫刺され薬を忘れないように、などと独り言をつぶやくことになる。今年のベネチアは、日本映画がメインのセクションに出ないので日本人は少ないようだ。
旅行中に驚いたのは、水曜日の「朝日」朝刊で例の五輪エンブレム問題で、選考委員会の代表の永井一正氏が大西若人記者の質問に答えていたこと。実は私はWEBRONZAにこの問題について書いていて、それがアップされるのがその日だった。
永井氏は、最初の佐野氏の案は最終案とは異なっていたことを挙げて後日発表するとし、最終選考に残ったのは佐野氏のほかに原研哉と葛西薫の2人だったと述べていた。彼らは「サノケン」の何倍も有名なので、私は彼らが選ばれなかったことに驚いた。
本当はこの問題を書こうと思っていたが、旅行の雑事を書き過ぎたので、続きは後日に。
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