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2015年8月30日 (日)

佐藤優氏の推薦図書から:片山杜秀『未完のファシズム』

1週間、映画の集中講義をやった後に、来週からは10日間ベネチア映画祭ということもあり、しばらく映画とは関係のない本を読むことにした。「アエラ」の佐藤優氏の編集号で、彼の選ぶ102冊が挙げられていたので、そこから何冊かネットで買った。

片山杜秀氏は、前から気になる存在だった。慶大教授の思想史家なのに音楽評論をやり、最近は「朝日」で文芸時評を担当している。何ともカッコいいではないか。

この本の副題は、「「持たざる国」日本の運命」。一言で言うと、日本がどうして第二次世界大戦に突き進んでいったか、どうしてあんなに神がかりになってしまったのかが書かれている。具体的には第一次世界大戦の勝利を冷静に分析した人々を具体的に取りあげながら、彼らが退けられていき精神主義に陥ってゆく過程が示される。

1904年から始まる日露戦争における日本の「攻撃精神」や「肉弾戦」は、フランス軍やドイツ軍に大きな影響を与えたことが、文献で示されている。これはビックリ。ところが第一次世界大戦に加わった日本は、ドイツ領の青島を迫る際に、徹底した砲力作戦で勝利している。

それを指揮した陸軍総司令官の神尾光臣は、最新兵器の大砲を用意し、わずか1週間で終わらせた。そしてその後はその勝利の理由を自ら冷静に分析している。日露戦争の肉弾戦、白兵戦は終わったと。

「皇道派」と呼ばれる荒木貞夫や小畑敏四郎は、その考えを受け継ぎ、大戦争にはできるだけ参加しない、参加するとしたら第一次世界大戦のような限定的な短期戦争しかないと訴える。しかし彼らは「統制派」の永田鉄山や石原莞爾に敗れてゆく。

石原莞爾と言えば、関東軍で満州事変を指揮した人物として知られるが、意外に興味深い存在だとわかった。第一次世界大戦後、日本陸軍の幹部は「持てる国」と「持たざる国」という言葉にうなされていた。当然、日本は「持たざる国」だが、石原の『世界最終戦論』(1940)は、日本がドイツやアメリカのような「持てる国」になるにはあと30年かかると書く。

日本の政治や経済を統制して発展すれば30年後には「持てる国」になるから、それから戦争をすればいい、というのが彼の考え。いわゆる統制派の考えだが、戦争は早すぎると主張したので変人扱いされて、主流から外れる。

そして中柴末純や東条英機の「精神主義」や「玉砕」思想が出てくる。それを表したのが東条名で出された「戦陣訓」(1940)だが、書いたのは中柴ではないかというのが、この著者の分析。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」「陣地は死すとも敵に委すること勿れ」。これはもう一億玉砕につながる。

この歴史の教訓を著者はこうまとめる。「背伸びは慎重に。イチかバチかはもうたくさんだ。身の程をわきまえよう。背伸びがうまく行った時の喜びよりも、転んだ時の痛さや悲しさを想像しよう。そしてそういう想像力がきちんと反映され行動に一貫する国家を作ろう」

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