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2015年8月24日 (月)

『萬世流芳』に考える

フィルムセンターで李香蘭主演の『萬世流芳』(1942)を見た。彼女の『李香蘭 私の半生』で、それまでの中国映画史上最大のヒットであり、監督には巨匠たち3名が並び(クレジットでは5人だった)、中国のトップ俳優4人と李香蘭が共演したことが書かれていたからだ。

李香蘭と言えば『蘇州の夜』のような、中国で撮った日本人向けの映画で、日本人男性と恋に落ちる中国娘を演じたものが多い。しかしこれは日本の満映と中華電影が、中華聯合製片公司という中国映画会社の統合組織と組んで作ったもので、全編中国語で、日本の要素はゼロ。

最初のクレジットが次々と現れる大門に書かれた字で、力の入れようがわかる。2時間31分の大作で実は映画としては冗長だったが、いくつもおもしろい点があった。

まず、李香蘭は主役とは言えない。飴売りの娘で、売るために歌を歌うという、5人のうちの一番能天気な役かもしれない。最初に現れるのは1時間近くたってから。阿片を讃える歌を歌いながら、阿片窟に登場する。それから披露する歌のうまいこと。オペラのアリアのような部分もある。

今の私が見たら、中国の俳優よりも中国人に見える。たぶん日本映画で中国人役をしながら、できるだけ中国人らしく演じることを訓練していたからだろう。

物語はいわゆる阿片戦争を扱ったもので、対英強硬派の林則徐将軍を中心にその妻、そして林と結婚したかったができなかった女性を中心に、林の元同級生で手柄を立てる男とその妻(李香蘭)が加わる。それぞれの場面は演劇のように2、3人が立ち尽くしてえんえんとセリフを続けるので、いささか退屈する。

そんな時に李香蘭が歌い出すと、すべてが楽しくなる。阿片を勧める歌が、いつのまにか阿片を諌める歌に代わるのだから。そのうえ、彼女はほかのふたりの主演女優より魅力的だ。『私の半生』によれば、彼女が歌う「売糖歌」は中国全土で流行したという。

映画は途中から中国人よ、英国に対して立ち上がれという調子になる。ある種のプロパガンダ映画の匂いが濃厚だ。おもしろいのは、中国人にとってはこれは当時の抗日運動を励ます映画として受け取られてヒットし、日本人は素朴に鬼畜米英に対して戦うアジアの同胞の映画としてとらえたことだ。

これは中華電影の川喜多長政や岩崎昶が仕組んだことらしいが、1942年にこういうことができたのは驚きだ。そのうえ中国の観客は李香蘭を中国人と思っていたのだから。もっとも共演した俳優たちは彼女は日本人だと知っていたようだと『私の半生』に書かれているから、話は複雑だ。やはり李香蘭と早川雪洲は抜群におもしろい。

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